第9話 失敗

「攻撃開始!」


 開戦の合図は人間の声だった。人間の放った矢が何匹かのゴブリンを穿つ。しかしゴブリンたちは止まらない。人間の動きを真似るように弓を持ったゴブリンが反撃を始める。戦争。どこの世界でも存在するもの。多くの命が散る場所。


「魔導部隊到着!」


 次第にその戦場に魔法が混ざり始める。炎がゴブリンを焼き、土の壁がゴブリンの侵攻を止める。しかしゴブリン側もやられるだけではない。ゴブリンの放った矢が馬に刺さる。落馬した人間を取り囲み撲殺する。人がゴブリンを殺す。ゴブリンが人を殺す。お互いがその数を減らしていく。優勢劣勢が目まぐるしく移り変わっていく。いつものこと。しかしその戦場で人間側を率いる女性は、違和感を覚えていた。


 ――何かがおかしい。群れの数はいつもより多いが、一匹一匹が弱い。


 エスペロ王国騎士団。その団長を務めるのは女性。ゴブリンの群れを、巨大な槍で容易く薙ぎ倒していく。彼女めがけて放たれる矢が、これまた巨大な盾に防がれる。戦場における圧倒的な強者。しかし誰もが彼女のように強いわけではない。


「嫌だ!死にたくない!」


 人が死んでいく。決して弱いわけではない。少なくともゴブリンよりは強いはずだ。しかし圧倒的な数の差は、その実力差をひっくり返す。


 その日の戦いを大きく変えた要因は二つある。一つは、ゴブリン側の数。弱いゴブリンでも、数の差で人間側を上回っていた。一人ずつを囲んで殺す。そうして少しづつ人数を減らしていった。

 そして二つ目、どちら側も考慮していなかった存在の乱入。その日の戦場には、不死者という異常が混じっていた。


「ゲアッ!?」


 ゴブリンたちの動きが乱れ始める。その場から逃げ出すゴブリンもいた。ゴブリンにも恐怖はある。それを感じることは人間よりもずっと少ないが。けれど確かにゴブリンたちは恐怖を感じていた。何度殺しても立ち上がる人間に。


 ――戦況が変わった…?


 その乱れを、騎士団長は見逃さない。その場にいる人間たちを鼓舞する。


「全軍怯むな!勝てるぞ!」


 鼓舞が戦場に響き渡る。その先陣を切る女性は、まさしく勝利へと導く女神のようだった。鼓舞により統率の取れた騎士団が、混乱するゴブリンの群れに後れを取るわけがない。そうしてこの日の戦いは、人間がゴブリンを退ける形で終幕する。


 

 目覚める不死者に対して攻撃は無い。周囲を見渡し戦いが終わったことを理解する。辺りは大量の死体、その中には少なからず人間のものも含まれていた。もう少し早く来ていれば。彼の頭の中にあるのはそんな後悔だった。


「動くな!」


 突然の大声で思考が現実に引き戻される。騎士たちが、不死者に武器を向けている。


 ――どういうことだ?


 不死者は咄嗟に状況が呑み込めない。騎士たちが自分に武器を向ける理由がわからない。


「貴様が首を斬られたところを見た者が何人もいる。単刀直入に聞く」


 ――ああ、そういうことか。


「貴様、


 不死者に槍を突きつけながら、一際重厚な鎧の騎士が問いかける。ウェスタの件で不死は受け入れられるものだと思ってしまっていた。そんなわけはないのだ。死んだはずの人間が立ち上がるなんてことは、ありえてはいけないことなのだ。状況だけ見れば、魔物の一種だと思われても仕方が無かった。


「死ねないんです」


 武器を捨て両腕をあげる。彼に出来る精一杯の無抵抗の意思表明。


「では貴様は魔物だということか?」

「いえ、俺は人です。死ねないだけの人間です」


 ここで騎士団、ひいてはこの国と敵対する事態は避けなければならない。不死者自身だけならまだしも、魔物の仲間としてウェスタも殺される可能性がある。まずはそれを避けなければいけない。


「俺を魔物だと思うんでしたらそれはいいです。ここから出て行けというならそうします。ただエルフの少女、今は貴方達騎士団に保護されているはずです。彼女は俺とは違います。彼女の安全は保障してください」

「何故魔物の言うことを聞く必要がある」


 至極真っ当な正論。敵対する相手の言うことを聞くというのは愚者の行為だ。そして騎士団はそこまで愚かではない。至って冷静に、淡々と不死者を追い詰めていく。


「どうすれば、彼女の安全を保障してくれますか?」

「どうしようと関係ない。魔物の仲間なら殺す」


 全力でウェスタを助ける方法を思考する。しかしいくら考えたところでアイデアは浮かばない。所謂詰みの状況。自身の存在すらきちんと理解していない不死者が、己のことを相手に説明出来るはずがない。


 ──なら殺すか?


 頭痛と共に不死者の頭に声が響く。そんなこと出来る筈がない。目の前に居るのは人間だ。人間を容易く殺せるほど、不死者の倫理観は狂っていない。


「団長!一つよろしいでしょうか!」


 突然、軽装の女が声を上げる。槍を持った騎士は彼女に続けるよう促す。


「その男、先程から一切魔力感知にかかりません!」

「…何?」

「おそらくその男、!」


 ウェスタの言葉を思い出す。当然と言えば当然だ。不死者の居た世界に魔力など存在しない。ならばそんなものを持っているはずがない。けれどウェスタはこの世界に魔力を持たない生物は存在しないと言っていたはずだ。


「貴様、どういうことだ」

「知りません。俺が聞きたいくらいです」

「団長!その男に敵対意思が無いのであれば、研究等利用価値はあるかと!」


 それは千載一遇の好機だった。これを逃せばウェスタの安全は確保できないだろう。


「敵対意思はありません。研究にでもなんでも使ってください。なのでどうか、エルフの少女の安全を保障してください」

「…いいだろう。ただし少しでも不穏な動きがあれば、わかっているな?」

「はい」

「この男の腕を縛れ!戻るぞ!」


 騎士が不死者の手を縛り馬車に乗せる。馬車の中には四人の騎士。皆が腰に剣を携え、敵意の眼差しを不死者に向けている。当前だが信用はされていないようだった。

 ウェスタの安全が保障されるならいいのだが、魔王を倒すという目標からは遠退いてしまった。

 瞼を閉じこれからのことに思考を回す。ウェスタはちゃんと保護されているだろうか。あちらの世界はその後どうなっているのだろうか。そんなことを考えていると、意識が遠のく感覚がした。慣れないことの連続で疲れたのだろう。睡魔が不死者を襲う。ゆっくりと意識を手放し、不死者は馬車の中で眠りについた。

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