第8話 エスペロ王国

「南西方向、魔力結界に感アリ。魔力量、成人女性より少し多い。おそらく一人だと思われます。確認お願いします」

「了解。カラスにて確認完了。人間と思しき姿を確認。二人です。団長、どうしますか」


 団長と呼ばれた女性は巨大な槍を磨きながら答える。


「偵察隊を出せ。敵対意思があるようなら戦闘も許可する」

「はっ!伝達!偵察隊、南西方向に出撃。対象と接触後敵対意思が認められた場合戦闘、そうでないのなら保護」


 ――南西方向…確か廃砦しかなかったはずだが。怪しいな。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 小一時間歩いた二人は、とうとう森の終わりにたどり着いた。結局森の中では一度も魔物に出会わなかった。そんな幸運に感謝をしつつ、話に聞いた街に思いを馳せる。街というからには人が居るはずで、人が居るのならば情報が手に入るはずだ。

 そして今、深かった森を抜けた。


「なんだあれ…」


 森を抜けた先にあったのは開けた大草原。その真っ平な草原の中央に、大きく長い壁のようなものが聳え立っている。


「あれが街か…?」

「多分、そのはずです…」


 ウェスタも驚きで固まっている。森を抜けた安心感が、絶望感となって襲い掛かる。現在地から街までの距離は、今まで森から歩いてきた道ほどでは無いにしろ、かなりの距離がありそうだった。


「いや…大きすぎないか…?」

「はい…私もそう思います…」


 そしてそれだけの距離が離れていながら街は見えている。街と呼ぶにはあまりにも大きいそれに向かい、二人は溜息と共に歩き始める。二人の足取りは明らかに重くなっていた。ゴールにたどり着いたと思っていたら、そこはまだ中間点に過ぎなかった。お互い気の利いたことを言うような余裕もない。そんな二人の沈黙を破ったのはどちらの声でもない声だった。


「止まれ!」


 前方からの声。目を凝らすと馬に乗った騎士が走ってくるのが見えた。人数は5人。砦の動く鎧のことを思い出し斧を握りしめる。騎士達は二人から10mほど離れたところで馬を止めた。


「我々はエスペロ騎士団の者だ!ここはエスペロ領だ!敵対の意思が無いのなら武器を捨てろ!」


 ――エスペロ…街の名前か?


 ウェスタは怯えながら杖を手放し、目線を不死者へと向ける。対して不死者は右手に斧、左手にはボロボロの剣を持っている。


 ──捨てるべきなんだろうが、確かめなきゃいけねえしな。


「どうした!捨てないのなら敵対の意思があるものとするぞ!」

「あんたら!エルフって知ってるか!」


 人間のエルフに対する差別の有無を確認する。もしもまだエルフを敵だとしているのなら、ウェスタだけでも逃がさなければならない。


「何の話だ!武器を捨てろ!」

「質問に答えろ!あんたらにとってエルフはどういう存在だ!」


 隣でウェスタが驚いた顔でこっちを見つめている。相手は完全武装の騎士だが怯むわけにはいかない。これ以上ウェスタを理不尽な目に遭わすわけにはいかない。


「早く答えてくれ!返答してくれれば武器は捨てる!」


 先頭で叫んでいた騎士が他の騎士と話し合っている。念のため、ウェスタを一歩後ろに下がらせる。


「エルフは我々の保護対象だ!答えたぞ!早く武器を捨てろ!」


 保護対象。確かに騎士はそう言った。信頼に足る言葉かはわからないが、相手が答えた以上は武器を手放さなければならない。

 不死者が両手の武器を手放したのを確認すると、騎士たちは馬から降りゆっくりと二人に近づいてきた。不死者は武器を足元に落としているため、万が一があれば拾って戦える。


「改めて、我々はエスペロ騎士団の者だ。君たちは?」


 騎士が剣を抜く様子はない。未だ信用するには値しないが、現状敵でないのならそれで十分だった。


「俺たちは旅の者です。ここに街があると聞いて来ました」

「街…そうだな、かつてはそうだった」

「今は違うんですか?」

「ああ、今はエスペロ王国。この世界でおそらく最後の国だ」


 あまりにもあっさりと、騎士団の男は言った。この世界最後の国だと。

 遠くからでも見えるそれは、街と呼ぶには大きいが、国にしては小さすぎる。それに世界最後という言葉。それが正しければ人類はそこにしか居ないということになる。現状ではこの世界がどれくらい広いのかはわからない。しかしこれは不死者の想定以上に。


 ――どうしようもなく、終わっている。


 心のどこかで、魔王を倒せばどうにかなると思っていた。そんな簡単な話ではないだろうに。

 けれど実際はどうだろう。魔王を倒したところで、おそらくこの世界の人類は数百年もしないうちに滅ぶだろう。不死者から見たこの世界は、既に終わっていた。


「どうなされました?」

「ああいえ、すいません考え事を」

「では、我々が国まで送り届けます」


 理解する。これだけ人類が減っているのだ。敵対したとはいえ、もとは友好的だったエルフは出来るだけ味方にしたいのだろう。実に都合のいい話だ。けれど今はそれでよかった。ウェスタの安全の確保が不死者の第一目標だったからだ。


「伝令!敵襲!ゴブリンの群れです!」

「何だと!すみません旅の方!我々は迎え撃たなければいけません!騎士の一人に送り届けさせますので!エスト!」

「はい!こちらです!」


 エストと呼ばれた青年が俺達を呼んでいる。ウェスタは杖を拾い上げ、そちらへ走っていく。


「貴方も早く!」

「彼女だけで大丈夫です。行ってください」

「えっ!?でも!」


 迎撃に向かった騎士たちに叫ぶ。


「俺も行きます!後ろに乗せてください!」

「何を言って!?」

「自分の身は自分で守ります!なので!」

「駄目だ!エスペロ騎士団!出撃!」


 当然聞き入れてはもらえない。しかし走り出した方向は確認した。


「行くか」


 不死者は足元の斧と折れた剣を拾う。だだっ広い平原のおかげで彼らを見失うということは無さそうだ。


「不死者様!ご武運を!」


 離れていくウェスタの声を背に受けて走り出す。一人でも多くの人間を助けるために。

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