第7話 森林閑談進行

「そういえばなんですけど」


 砦を抜け森に入った二人は、ただ黙々と歩き続けていた。気まずさを感じたのだろうか、ウェスタが突然口を開いた。


「そのお召し物も異世界のものなんですか?」


 不死者は自身の服を確認する。上下黒のジャージにスニーカー、現代ならよくあるスタイルだ。次にウェスタの衣服に目をやる。フードの様なものが付いた、足元まで届く長いローブを羽織っている。その下には白いシャツに短いズボン。けれどそのどれもが古臭く、現代ではまず見ないようなものだ。


「そうですね。ジャージっていうんですけど」

「じゃーじ…」


 ウェスタの反応を見るに、この世界にジャージは無いようだ。そして自身の衣服を確認して気付いた。右腕の部分がちぎれている。ゴブリンに斬り落とされた腕は再生したものの、衣服は再生しなかったらしい。


 ──当然っちゃ当然だが、不便だな。


「あとで落ち着いたらでいいので、不死者様の居た世界について聞かせてほしいです!」

「覚えている限りでよければお話ししますよ」

「ありがとうございます!」


 元気よく返事をしたウェスタは微笑み、そこで会話が途切れる。会話を切り出すにあたって疑問というのはちょうどいい話題なのかもしれない。そう考える不死者もまた、ウェスタに対して一つの疑問を抱いていた。


 ――ウェスタは何歳なんだ?


 魔王を倒すという目的には関係ないし、それを聞いたところで何があるわけでもない。ないのだが気になってしまう。不死者の知るエルフは長命の種族として描かれていることが多かった。であれば見た目が少女のウェスタも年上の可能性がある。


 ──俺に対して敬語だし年下…?


 しかし二人はまだ出会って間もないのだ。敬語を使うのは当然と言えるだろう。


 ――この際直接聞いてみるか?


 頭に浮かんだ考えを不死者は即座に否定する。この世界ではどうか知らないが、向こうの世界では女性に年齢を聞くのは失礼に値する。

 けれど一度頭に浮かんだ疑問はいつまでたっても離れない。他にも考えなければいけないことは山ほどある。それらに集中するためにも聞いた方がいいだろう。自身の中で納得できる理由を作り出し呼吸を整える。


「「あの」」


 二人が口を開いたのはほぼ同時だった。


「「お先にどうぞ」」


 譲るために言った二言目も。


「じゃあ私からいいですか?」

「は、はいどうぞ」


 結局ウェスタが先に質問をすることになった。このまま譲り合いが続いてはどんどん気まずくなると思ったのだろうか。とても気の利く少女だと、不死者は心の中で感心する。


「不死者様っておいくつなんですか?」


 ウェスタの質問も年齢に関するものだった。


「えっと、20ですね」

「20歳ですか!?えっと、そうなんですね…ハハ…」


 その反応を不死者は知っていた。昔から不死者は老けて見られがちだった。義理の義姉とは姉弟を間違えられることも多かった。

 けれど要因は他にもあるだろう。例えば中途半端に伸びた髪や無精髭だ。身嗜み等自分のことをあまり気にしない性格の不死者は、ここにきて初めてそれを反省した。


「いくつぐらいに見えました?」

「えっと…25,6歳くらい…?」


 ウェスタの反応は明らかにもっと上を想定していたそれだ。その反応で不死者は決意した。


「えっ何を…」


 先ほど拾った剣で伸びた髪をバッサリと切る。剣は思ったいたより切れ味がよく、邪魔にならない程度に髪は短くなった。考えてみれば髪は短い方が敵にも掴まれにくい。首の後ろを風が通り抜ける。そんな感覚も不死者にとっては数年ぶりのものだった。


「髭は街に行って落ち着いたら剃ります…」

「あっいえ別にそんなことしなくても!」

「いえ、身なりに気を使っていなかったのは事実です。出来るだけ不快感を与えないよう心がけます」

「そんな不快感なんて!」

「でもちょうどいい機会でよかったです。一人だったらまだまだ伸びていたでしょうし、ウェスタさんが言ってくださって助かりました」

「そ、そうですか…?」


 ウェスタは不死者の突然の行動に驚いている。その顔は見れば見るほどに整っていることがわかる。不死者は今そんな彼女の隣に立っているのだ。少なくともウェスタが恥ずかしい思いをしないくらいには身なりに気を遣おうと決意を新たにするのだった。


「あの」


 けれど不死者の本題はまだ終わっていなかった。年齢の話題が出た今流れで尋ねれば不自然ではないだろう。一呼吸を置いて口を開く。


「ウェスタさんはおいくつなんですか?」


 尋ねられたウェスタの動きが一瞬停止する。数秒目を泳がせた後俯きながら口を開く。


「えーっと…驚かないでくださいね…?」


 不死者とウェスタの間に妙な緊張感が走る。ゆっくりと小さな声でウェスタが告げる。


「102歳です…」

「102歳!?」


 あまりの驚きに不死者の口から声が漏れ出てしまった。


「違うんです!そもそも私たちエルフには寿命が存在しなくて!それに私も人間でいえばまだ17,8歳です!だからお婆ちゃんってわけじゃなくて!本当に!まだ若いんです!エルフの中で見ればまだまだ子供といってもいいくらいで!」


 ウェスタは必死に早口で捲し立てるように弁解を続けている。何か言葉をかけるべきなのだろうが、不死者はこんな時に気の利いたことを言えるような人間ではない。だからこそ嘘は吐かず、本心を述べる。


「えっと、102歳って数字に驚いただけでお婆ちゃんだなんて思ってないです」

「…本当ですか?」


 ウェスタは俯いたまま、拗ねたように小声で聞き返す。


「はい。ウェスタさんはお綺麗です。私の世界の17,8歳の人間の方と比べても、とても整った顔立ちをしていると思います」


 そのままこれまで思っていたことを全て口に出す。それは全て誇張なしの不死者の本心だ。それが口説き文句のようになってしまっていることに不死者自身は気づいていない。


「そ、そうですか…えへへ…ありがとうございます…えへへへ…」


 不死者の言葉を聞いたウェスタは俯いたままだ。けれどその声色や漏れ出る小さな笑い声から機嫌のよさが伝わる。不死者はそんなウェスタを見てホッと胸を撫で下ろす。


「だったら…」

「はい?」

「だったら、敬語を辞めて呼び捨てで呼んでもらってもいいですか…?」

「えっ何故…」

「だって!人間だったら17,8歳なんですよ!私!だったら不死者様の方が年上じゃないですか!」


 その理屈はどう考えてもおかしい。けれどそんな言葉を今口にするわけにはいかなかった。恐らくそれを拒否すればウェスタの機嫌を損ねるであろうことを不死者は理解していた。


「わかりま…いや、わかった」

「じゃあ、改めてよろしくお願いしますね、不死者様!」

「ああ、よろしく…ウェスタ…」

「えへへ!」


 満足げな笑みを浮かべ心なしか足取りも軽くなったように見えるウェスタ。そんな彼女に対し不死者は、謎の疲労感からか足取りが重くなったように感じていた。

 静かな森を、二人の話し声だけが響いていく。

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