第6話 廃砦出口

「無いですね、出口」


 現地の協力者と情報、そして最終目標を得た不死者。彼はウェスタと共に砦の出口を探していた。


「そうですね…流石に一階にあると思うんですが…」


 しかし未だ出口は見つからず、かれこれ数十分は歩き続けているのだった。


「砦を出て森を抜ければ大きな街があるらしいんですけど…」

「らしいっていうのは?」

「昔母が言っていたことなので、今もあるかはわからないです…」


 一瞬不死者が固まる。今現在目指している目的地が、すでに無くなっている可能性がある。もし無くなっていたら、その時はどうするのだろうか。 不安感は増していく。


 ──いや待てよ。


「…もしあってもエルフと人間って今敵対してるんじゃ?」

「あっ…」


 ウェスタはそのことを考えに入れていなかったらしい。漏れ出た声がそれをよく表していた。

 ますます不死者の不安は募る。


「でも、とりあえず行ってみましょうよ!もしかしたら、受け入れてもらえるかもしれませんし!」

「まあ、そうするしかなさそうですよね…」


 どうやら雲行きはよくないようだった。街までの距離はどれくらいなのか、その過程でゴブリン以外の魔物と出会った場合戦えるのか。不死者の不安は増えていく。進む足取りが重くなっているような気さえし始める。


「不死者様!あれ出口じゃないですか?」


 数分後、声を上げたウェスタが指差した先には、大きな崩れかけの門があった。あたりが暗いせいでよくわからなかったが、気付けばエントランスのような大広間に出ていたらしい。ウェスタの炎の魔法の明かりでも部屋の端までは見えない。かなり大きな部屋の様だ。


「行きましょう!」

「いや、待ってください」

「はい!」


 ゴブリンたちは恐らく外から来たのだろう。この建物内に巣食っているにしては数が少なすぎる。となると最も可能性の高い侵入経路はこの門だろう。であればこの門から出るとなれば、必然的にゴブリンと遭遇する可能性は高くなる。それを考えれば、ここは不死者が先陣を切るのが得策だろう。


「俺が先に行きます。安全かどうかを見てくるので周りを警戒していてください」

「わかりました!」


 ――なんかさっき会ったばかりなのにすごい懐かれてるな。


 確かにウェスタにとって不死者は命の恩人ではある。それを考慮しても、初対面の人間に対するものとは思えないほどウェスタは不死者に心を開いていた。そんなウェスタに若干の疑問を抱きながら、不死者は門の外を確認する。

 そこには上の階からも見えた森が広がっていた。不死者は木に詳しいわけではないが、生えている木はどれも普通のものに見える。問題はその森をどう進むか。


 ――いや、草が少ない場所があるな。道か?


 「不死者様!」


 後ろからの呼び声に慌てて振り向く。ウェスタの見ている方向には。


 ――鎧!?人か!?


 中世を思わせる騎士がウェスタに迫っていた。しかしその足取りに何処か違和感を覚える。よく見れば兜の向きがおかしい。前後逆になっている兜では、前は見えないはずだ。けれどその騎士は剣を地面に引きずりながら、ふらふらとした足取りでウェスタに近づいていく。


「ウェスタさん!こっちです!」


 不死者がウェスタを門の方へと誘導する。曇り空ではあるものの、建物内より外の方が幾分か明るい。戦うのであれば外の方が好都合だった。

 ウェスタが不死者の居る方へ駆け出す。すると鎧もまた、走り出すウェスタを追うように駆け出す。


「ふざっけんなッ!」


 叫びながら不死者が鎧に向かって走り出す。ゴブリンから奪い取った斧を鎧に対して叩き付ける。しかしゴブリン用の小型の斧では鎧を貫通することは出来ない。


「おごあッッ!」


 鎧の蹴りにより吹き飛ばされる。死に至るほどのダメージではない。それに不死者の目的は鎧のヘイトを自分に向けることだった。


 ――なッ!


 しかし鎧は変わらずウェスタを追う。自身に対し攻撃を放ってきた者よりも、ただ逃げるだけのウェスタを追っている。明らかに合理的ではないその行動に、不死者は再び違和感を抱く。


「来ないでッ!」


 ウェスタが振り向きざまに放った火球は、鎧の横を通り抜け壁に激突する。呆気にとられたように一瞬固まった鎧は、またすぐにウェスタに向かい駆け出す。


 ――今のは?


「ウェスタさん!走ってッ!」


 不死者は声を絞り出す。とにかく彼女を殺させるわけにはいかなかった。落とした斧を再び握りしめ駆け出す。

 狙うは兜割。兜の真上から振り下ろすことで、兜ごと叩き割る技。実際に兜を割れるのかはわからなかったが、相手の頭が兜の位置にあるのであれば脳震盪を引き起こすことが出来るかもしれない。

 先ほどのゴブリンのようにジャンプする。両手で握りしめた斧を、重力をプラスして振り下ろす。


「ッッッ!!!」


 結果から言えば、振り下ろした斧が兜を割ることは無かった。不安定に歩く鎧の頭に斧は当たらず、しかし幸運にもそれは右肩に直撃した。斧の衝撃を受けた右肩は大きく破損し、腕ごと地面に転がり落ちた。


 ――マジかよッ!


 それどころか右腕からは血の一滴も出ていない。鎧は特に気にする様子もなく、ウェスタに向かい走っている。動作に機敏さは無いものの、歩幅の差からかウェスタとの距離は縮まっている。


 ──一か八かかッ!


「ウェスタッ!!!なんでもいいッ!攻撃できる魔法ッッッ!!!」

「は、はいっ!」


 ウェスタの放った火球は、またも見当はずれの方向へ飛んでいく。再び鎧の動きが止まる。


 ――今しかないッ!


 走った勢いのまま、止まっている鎧の右足に斧を叩きつける。しかし鎧は砕けない。


「もう一発ッ!!!」


 反撃が来る前に再び叩きつける。その一撃で鎧の右足は砕け散る。支えを失った鎧はそのまま地面に倒れ、衝撃で各部が散らばる。そして鎧は動かなくなった。


「大丈夫ですか!」

「はい、俺は大丈夫です。ウェスタさんは大丈夫ですか」

「はい!すいませんお役に立てなくて…」

「いや、あなたのおかげです」

「えっと、私何もできませんでしたけど…?」


 実際ウェスタが与えたダメージはゼロだ。火球は一度も鎧に当たらなかった。それでもウェスタの火球は確かに不死者に攻略の糸口を与えた。


「恐らくなんですけど」


 今の鎧についての不死者の推測。鎧は最初からウェスタを狙っていた。また攻撃の瞬間まで不死者の方は気にも留めていなかった。そしてウェスタが火球を放った際、必ずあの鎧は止まっていた。ここから鎧は魔力に反応していたと考えられる。そう考えれば兜の向きがおかしくても何の問題もない。一度も不死者に向かってこなかったことにも説明がつく。


「なるほど…でもそれは…うーん?」

「何か引っかかることがありましたか?」

「あっはい。えっと、そうすると不死者様は魔力が少しも無いってことですか?」

「そうなんじゃないかと。そもそも俺の世界に魔力なんてものありませんでしたから」


 するとウェスタは下を向いて何かを考え始めた。小さな独り言が漏れ出ているのは、それだけ集中している証拠だろう。

 不死者も自分の考え事を始める。散らばった鎧を拾い上げ確認するが、鎧自体はただの金属のようだ。中に魔物が入っていたわけでもない。であれば何らかの魔法で動いていたと考えるのが妥当だろう。しかしそれを一人で考えても埒が明かない。ウェスタに質問を投げかける。


「こういう鎧が動くみたいな魔物っているんですか?」

「いや、私は聞いたことないです」

「じゃあ物を動かす魔法とかは?」

「それならあります!えっと私は使えないんですけど…」


 問題はその魔法を誰が使用したかだ。魔力に反応して攻撃するということは、この世界では無差別に攻撃することと同義だ。人間であれ魔物であれ、そんなことをする意味が理解できない。謎は深まっていくばかりだった。


「とりあえず出発しますか」

「あっはい!行きましょうか!」


 先程門の外側に魔物は見えなかった。物音を聞きつけた別の魔物が来ないうちに移動するのが得策だろう。


「さっきの剣は持たないんですか?」


 ウェスタに言われ、不死者は地面に落ちていた剣を拾い上げる。


 ――使えるのかこれ?


 その剣は刀身にかなりの刃こぼれが見られた。地面を引きずっていた影響だろうか。とにかくそれに剣としての価値は無さそうだった。


「ボロボロ、ですね…」

「そう、ですね…でも一応持っていきます」


 鎧に関しては謎が多すぎた。もしかすればその剣が謎を解く鍵になるかもしれない。いささか都合のいい考えではあったがありえない話ではない。鞘が見つからないため抜き身のままではあるが、剣を持って門の外へ出る。


「一応道みたいなものがありますね」

「そうですね。道に沿って進みましょうか」

「はい!」


 こうして不死者とウェスタはようやく砦を抜け、街へと歩き出した。

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