第10話 三番目の部屋 1


 エレべーターの降下が止まり、私のいる部屋は再び交霊室へと戻った。


 私はテーブルから離れると、外の部屋へ通じる扉の前に立った。この階の主は長女、理乃だ。長兄とそりが合わなかったという情報からすると、決して御しやすい相手ではないだろう。とにかく『肉』と『霊』を刺激せぬよう、策を講じる必要がありそうだった。


 扉をそっと開け、隙間から外の様子をうかがった私は、上の階とあまりに違う風景に思わず扉を閉めかけた。


 ――なんだ、この部屋。本当にここに住んでいるの?


 私は意を決して扉を開け放つと、外の部屋に足を踏みいれた。そこは異国風の小物や壁掛けに彩られた、生活感のない空間だった。部屋のあちこちにあるブティックハンガーには古着屋が開けるほどの衣装が吊るされ、骨とう品店に足を運ばなければ揃えられないような古めかしい調度品が古いお屋敷のように配されていた。


「これが理乃伯母さんの趣味……」


 私はハンガーや置物に手足を引っ掛けぬよう、細心の注意を払って室内を歩き始めた。


 奥の方に足を踏み入れると、ロックを大音量で鳴らすスピーカーとその前で安楽椅子に座って編み物をしている中年女性が見えた。


 ――あの人か。


 私は思わず首をかしげた。今まで見た限りではいったん『肉』になってしまったら、編み物のような複雑な作業はできない気がしたからだ。


 だが、伯母が次に見せた行動は私の疑いを払拭し、同時に『肉』に関する新たな常識をもたらした。伯母は編み物を辞めて立ちあがると、部屋の隅にあるレコードプレーヤーの前でアナログレコードを裏返してみせたのだった。


 私は再び首をひねった。伯母は音楽を聞いたり編み物をしたりする割には、部屋に入ってきた私に何の興味も示さないのだった。


 いずれにせよ『霊』と話す前に、伯母の正気を取り戻す鍵を見つけねばならない。私は侵入者をものともせず再び編み物を始めた伯母を尻目に、室内を物色し始めた。変わった物品の中でひときわ私の目を引いたのは、棚の上に無造作に置かれたCDケースだった。


 ――なんだろう、これ。


 一見してわかるのはプロのミュージシャンのアルバムではないということだった。その証拠にジャケット写真にあたる部分には、私が知っている人物が写っていた。七十年代風の装いで頬を寄せ合い、こちらを見ている二人組は若い頃の理乃と肖像画の女性だった。


 ――この人が、莉亜さんね。


 こんな写真があるということは、莉亜叔母さんと理乃伯母さんは一緒に歌だか楽器だかを楽しむほど仲が良かったということだ。このCDにどうやら謎をとく鍵がありそうだ。


 私は部屋の主に気取られぬようCDをそっと懐に忍ばせると、交霊室へと引き返した。

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