第9話 二番目の部屋 6
「素晴らしい。たった一つのヒントだけでそこまでたどり着くとは」
予想外の賛辞に調子が狂うのを覚えつつ、私は探偵に「まだ肝心なことはひとつもわかってないけど、下の階に行くべき?」と尋ねた。
「そうですね、理乃さんに関する謎は下の階に行って霊と会話しなければ解けないと思います。この階でできることは、ご主人か奥様にエレベ―ターのキーを動かしてもらうことだけです」
「どこにあるの?そのキーは」
「さあ。そこまでは存じ上げておりません」
私は探偵の、のらりくらりとした応答に危うく受話器を置きそうになった。
「キーを操作できるのは『肉』だけです。たとえ霊の心を動かすことができても、霊にキーを操作することはできません」
「じゃあどうすればいいの」
「霊との会話の中で、キーに繋がるヒントのようなフレーズはありませんでしたか?」
「ええと、そうね……「小鳥を捨てたのは私たちじゃない」ってことくらいかしら」
「ではそれを肯定してあげれば、何かキーに繋がるヒントをくれるのではないでしょうか。それ以上のことは、私にはわかりかねます」
「……わかった、自分で何とかします。まったく大した探偵さんだわ」
私は捨て台詞と共に受話器を置くと、フォトスタンドを手に伯父たちの部屋へと引き返した。私はなるべく伯父夫婦を刺激しないよう、それとなくキーに繋がるものを物色し始めた。私が背後に気配を感じたのは、フォトスタンドを戻そうとライティングデスクの前で足を止めた時だった。
「あ……ああ」
振り返ったわたしの前に立っていたのは、目に物言いたげな光を宿した伯父だった。
――今までとは違う。『肉』にこんな人間らしい表情なんて、なかったもの。
よく見ると伯父の目線は私ではなく、私が持っているフォトスタンドに注がれていた。
「おお……キャロ」
「伯父さん……莉亜さんはきっと何か、勘違いをしていたんです。だって、伯父さんたちは小鳥を捨ててないんでしょ?」
「捨て……ない」
「この写真、いつまでも隠していたら猫だって悲しむと思うわ。隠すなら小鳥の方よ」
私がフォトスタンドを机の上に置くと、伯父はなぜかくるりと向きを変えて反対方向に移動し始めた。後をついてゆくと、伯父は鳥の置物の前で足を止め、置物の左右にある多肉植物の鉢を両手で鷲掴みにした。
「なに……?」
固唾を飲んで成り行きを見守っていると、伯父は掴んだ鉢をまるで金庫のダイヤルを回すように動かし始めた。やがてごおんという音と共に置物が棚の中に収納され、置物のあった部分が光を放った。
「小鳥……もういない」
今の動作がエレベーターのロックを解除するキーだったに違いない。わたしはそう確信すると、伯父に「ありがとう伯父さん。これで先に進むことができます」と礼を述べた。
私は交霊室に戻ると、椅子に座ってテーブルの上の球体に手を乗せた。すると鈍い振動と共に部屋全体が降下を始めた。
――やっと最初の部屋から離れられた。……でも。
私は交霊室に戻る前に見た、壁の時計を思いだした。針はちょうど九時を指しており、目覚めてから一時間が経過したことがわかった。残る階が六つあることを考えると、一つの部屋に費やせる時間は一時間もない。
私は次の住人との接触に備え、伯父たちとのやりとりで学んだあれこれを反芻した。
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