第8話 二番目の部屋 5


「はい、『うつしよ探偵社』です。申し訳ありませんが諸事情により、新規の依頼は当分の間、お受けいたしかね……」


「探偵さん、私よ。美名杯聖香」


「ああ、どうなさいました?」


 どうなさいましたじゃないだろう。なんなのだ、この他人事のような悠長さは。私はこの浮世離れした探偵に、受話器越しに毒をもってやりたくなった。


「どうにか手がかりらしきものを見つけたわ。動機としては弱いけど」


 私は伯父の行動と、小鳥にまつわるエピソードを電話口で披露した。


「なるほど、それは興味深い話ですね。しかしそれだけでは推理を組み立てるのに不十分です。もう少しピースを集めて頂かないと」


「そんなことわかってるわ。でも私の想像力じゃもう手詰まりなの。サポート役として雇われてるんなら、欠けてる部分を補ってくれてもいいんじゃない?」


 私がつい音を上げると、望は「ううん」と渋るような唸り声を上げた。


「そう申されましても……まず長兄夫婦が犯人であってもなくても、動機を補完する必要があります。「小鳥を捨てられたことを逆恨みした莉亜さんが、彼らに嫌がらせした」ことがあったのかどうか、あったとしたらどんな嫌がらせだったのか、を調べて下さい」


「調べると言ったって、『肉』も霊もなかなか答えてくれないし、会話のとっかかりがなくて困ってるのよ」


「それを見つけてください。どこかに彼らの心を動かすためのヒントがあるはずです」


 探偵は助言とも言えない答えを口にすると、一方的に通話を終えた。


 私は電話室を出ると大きなため息をついた。まったく、人を諭すことにばかり長けていて、肝心のアドバイスはおざなりなんてまったく大した探偵だわ。


 私は再び伯父夫婦の部屋へ戻ると、壁の時計を見た。


 ――八時四十分。あと五時間二十分か。


 長いのか短いのかはよくわからないが、あとまだこの下に六階分の謎が控えていることを考えると、決してのんびりと構えていられる長さではなかった。


 私は焦りを表に出さぬよう、心掛けつつ室内を歩きまわった。ライティングデスクの前を通り過ぎようとした瞬間、私はある物に目を奪われた。それは、他の小物に紛れるような形で斜めに押しこまれたフォトスタンドだった。


「これは……」


 写真は若い頃の伯父夫婦だった。私の目を引いたのは、八重子が抱いている猫だった。


 撮影時の年齢から考えるとさすがにもう生きてはいないだろうが、私はこの猫になぜか惹きつけられるものを覚えていた。


 ――もしかしたら、この子に彼らの過去を呼び覚まさせるスイッチがあるのでは。


 私はフォトスタンドをそっと持ち上げると、小脇に隠して交霊室へと戻った。


 私はフォトスタンドを丸テーブルの上に置き、写真を自分と反対の方向に向けると椅子に座った。両手をテーブルの天板に置くと、ほどなくテーブルと肖像画が光を放った。


 私は正面の壁に霊が現れるのを待って、声をかけた。


「伯父さん、八重子さん。この猫に見覚えはありませんか?」


 私の呼びかけに対し、反応を見せたのは八重子だった。


「――ああ、キャロ……あなたはいったい、誰に殺されたの?」


「殺された?」


 私の中で謎の一つが氷解した。つまり彼らは莉亜が小鳥を捨てられた腹いせに、可愛がっていた猫を殺したと思っているのだ。


「なぜ、殺されたと思うんです?」


 私の問いに、八重子の霊はしばし沈黙した。辛抱強く次の反応を待っているとやがて、霊は思い出を弄るかのようにぽつぽつと語りだした。


「誰かが……キャロの餌にチョコレートを混ぜた……それが多分、原因……」


 私は思わず首をひねった。チョコレート?そんなもので動物が殺せるのだろうか。


「八重子さん、あなたは莉亜さんが小鳥を捨てられた腹いせに、猫を殺したと思っているんですね?」


「主人がそう言った……私もそう思う……」


「お二人はそのことで、莉亜さんを恨んでいますか?」


 私が思い切って核心に切り込むと、八重子の霊は再び黙り込んだ。


「……恨んでは……いない……」


 霊はそれだけを口にすると、身を隠すように姿を消した。私はフォトスタンドを見つめながら、思わず考え込んだ。


 ――恨んでいない?……霊に嘘をつくことができないのなら、莉亜殺しの犯人は長兄夫妻ではないということになる。どうしよう、ここでこの階の調査は終えるべきだろうか?


 私は椅子から立ちあがると、ここでの最後の助言を得るべく電話室の方へと歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る