第7話 二番目の部屋 4


 交霊室の「外」に戻った私は、どうやって伯父夫妻を刺激せずに手がかりを得るかを考え始めた。


 『生きている肉』たちは相変わらず無表情のまま、無目的とも思える行動を繰り返していた。食事などはどうしているのか、トイレはあるのか、かろうじてベッドらしきものは置かれていたが、外に出ることなしにどうやって必要な物資をまかなっているのか、疑問を並べたらきりがなかった。


 二人を刺激せぬよう、慎重な足取りでドーナツ型の空間を移動していた私は、ふと伯父の見せた振る舞いに目を奪われた。腰をかがめ、棚の上の何かにじっと見入っている様子に『肉』らしからぬ熱心さを感じたからだ。


 私は足音を忍ばせつつ、そっと伯父の背後に立った。伯父が熱心に見つめていたのは多肉植物の鉢ではなく、鉢と鉢の間に置かれている小さな鳥の置物だった。


 ――小鳥に何か思い出でもあるのだろうか。


 私が首をひねっていると、突然、階下で何かが倒れるような物音がした。伯父は『肉』らしからぬ敏捷さで床に目を遣ると「理乃りの……」と呟いた。


 私ははっとした。理乃というのは祖母の長女で、伯父のすぐ下の妹だ。年齢の順から行ってこの下の階に住んでいる可能性は高い。


 ――伯父さんが、すぐ下の妹を疎ましく思っている?


 一番上の伯父とすぐ下の妹の折り合いが悪いという話は、母から何となく聞いた覚えがあった。だが、一番下の妹――つまり殺されたという伯母が間に入ることで兄妹の仲は一応、保たれていたらしい。その妹が亡くなったことで、憎悪のストッパーが外れたのだろうか?


 私は交霊室に戻ると、椅子に座ってテーブルの上に両手を乗せた。


 前回の時よりやや間を置いて肖像画が光り始め、やがて壁の上に伯父の顔が浮かび上がった。


「うう……おおお」


 私は前回同様、呻くばかりで要領を得ない伯父の霊に思い切って声をかけた。


「伯父さん、ご記憶に無いかもしれませんが、姪の聖香です。実はどうしても教えてほしいことがあるんです。何か小鳥にまつわる思い出をお持ちではありませんか?」


「…………」


 伯父の霊はしばらくもがくような動きを見せた後、唐突に口を開いた。


「すまない、莉亜……だがわしじゃない、小鳥を捨てたのは」


 伯父の霊は呻き声と共に短い呟きを漏らすと、再び意味不明の叫びを上げ始めた。


 ――捨てた?……小鳥を?


 私は告白に秘められた真実を探ろうと、動き回る伯父の霊を目で追った。だが伯父の霊は次第に薄くなっていったかと思うと、天井に吸い込まれるように壁の上から姿を消した。

 

 ――だめだ、これだけではどうしようもない。


 私はなんとかしててがかりを得ようといったん、手をテーブルから離した。深呼吸をして再度テーブルに手を置くと、青い輝きと共に今度は伯父の妻である八重子の霊が姿を現した。


「おおお……寒い……暗い」


 私は霊の動きが緩やかになるのを待って八重子に話しかけた。


「八重子さん、伯父さんが「小鳥を捨てたのは自分じゃない」と言っていますが、何か思い当たることはありませんか」


 私が問いかけると、八重子の霊は震えながら「おお……莉亜の小鳥……」と言った。


「莉亜伯母さんの?」


「あの子が拾ってきた……傷ついて飛べない鳥……理乃が捨てた……なのに莉亜はどうして理乃じゃなく私たちに、あんなことを?」


「あんなこと?……あんなことって?」


 私は混乱した。どうやら伯父夫妻は妹の理乃に濡れ衣を着せられたと思っているようだ。


「教えて下さい、莉亜伯母さんはあなたたちに何をしたんですか」


 私が重ねて問いを投げかけると、八重子の霊は「ああ……ああ」と呻いてもがき始め、伯父の霊と同様に薄くなって姿を消した。


「あと少しだったのに……こうなったらあの胡散臭い探偵にヒントを貰うしかないか」


 私はテーブルから手を離し椅子を立つと、部屋の隅にある電話室へと移動を始めた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る