第6話 二番目の部屋 3


「じゃあ助言でもいいわ。私、さっきヒントを貰わなくちゃならない伯父さんたちから襲われたの。このままじゃ下の階に降りられないわ」


「ふうむ……どうやらお祖母さんはあなたに、『生きている肉』の性質を詳しく教えなかったようですね」


「性質?」


「ええ。『生きている肉』は不用意に刺激を与えると、まれに生者を襲うことがあるのです」


 私は絶句した。探偵の話が真実だとすると、祖母はそのことを知っていながらあえて教えなかったということになる。事実ならいかに身内とはいえ、許しがたい蛮行だ。


「とりあえず、ご夫婦の霊を呼んでみましょう。何しろほかに情報を得る手段がありませんからね」


 私ははっとした。確かにその通りだ。この建物にはスマホはおろかパソコンも、本すらない。情報と言う武器を絶たれた今、頼れるのは外にいる『生きている肉』しかないのだ。


「まず、椅子に座ってテーブルの上に両手を乗せて下さい。何か反応があるはずです。交霊に成功すれば夫妻の生霊が現れるはずですから、コンタクトしてください。最初はうまく行かないかもしれませんが、やっているうちに要領を得るはずです。では、何か困ったことがあったらまた電話してください。番号は必要ありません。受話器を取るだけです」


 須江田は一方的にまくしたてると、通話を切った。私は電話室を出ると言われた通り丸テーブルの方へと移動した。


 私は須江田の言った手順を頭の中でそらんじながら椅子に座り、テーブルに手を乗せた。するとテーブルの縁が青く輝き、同時に壁の肖像画もぼんやりと同色の光を放ち始めた。


「うう……あああ」


 私はどこからともなく聞こえてきた不気味な声に、思わず身体を固くした。これが霊の声なのか?反射的に振り返った私は、壁の上を動き回る白い影を見て思わず声を上げた。


「――伯父さん?」


 壁の上を這いまわる苦悶の顔は、どうやら義昭のそれらしかった。だが、私が何度呼びかけても伯父の霊は「うう」とか「ああ」とか呻くばかりでまるで会話にならなかった。


「どうしよう……このままだと埒があかないわ」


 私が焦りを覚え始めた、その時だった。今度は別の壁に女性らしき顔が現れ、先ほどの伯父と同様に呻きながら彷徨い始めたのだった。


「今度は伯母さん……駄目ね、これじゃあ会話にならない」


 動きまわる影を必死に目で追っていると突然、肖像画とテーブルの光が消え、同時に壁の霊も姿を消した。


「どうしよう……時間も限られてるっていうのに」


 私はやむなくもう一度電話室に入ると、重い気分で受話器を取った。


「どうです、うまくいきましたか?」


 受話器の向こうで須江田が待ち構えていたように言った。


「だめ。そもそも会話が成立しないわ」


 私が交霊の顛末を告げると、須江田は「そうですか……となればやはり、外のお二人に手がかりをもらうしかありませんね」と言った。


「外の二人に?……だってあの二人は『生きた肉』よ。下手に刺激したりしたら手がかりを得るどころか噛みつかれちゃうわ」


「そこをうまくごまかすのです。部屋のどこかに、霊の心を開かせる『ヒント』があるはずです。お二人の行動をよく観察してみて下さい」


 須江田は無責任とも言えるアドバイスは、私の気をかえって滅入らせただけだった。


「ありがとう……とにかくやれるだけ、やってみるわ」


 私が力なく言うと、須江田は「あなたなら、肉と霊を一つにできるはずです」と言った。


「できなければおしまいよ。私もあなたも」


 私は受話器を置くと、電話室を出て再び伯父夫婦が暮らす部屋の入り口に立った。


 ――やれやれ、あの世とこの世を行ったり来たりか。 


 こんなことなら身内のことをもっと知っておくんだったと思いつつ、私は扉を開けた。




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