第5話 二番目の部屋 2


 ――だめだ、ここにいてはいけない!


 私は身を翻すと、『交霊室』の壁に貼りついた。そのままじっとしているとやがて、伯父夫婦がゆっくりと遠ざかってゆくのがわかった。どうやら刺激さえしなければ危険な衝動が目覚めることはないようだ。私は壁伝いに扉まで移動すると、取っ手に手をかけた。


 取っ手を引き、ラッチがかちりと鳴る音が聞こえた瞬間、再び伯父と伯母がこちらを向く気配があった。私は身体を捻るようにして大急ぎで部屋の中へ飛び込むと、扉を閉めた。


 取っ手の上にあるつまみを回して鍵をかけた瞬間、扉をどんどんと叩く音が聞こえた。


 ――どうやら、鍵を開けるという行為は思いつかないようね。


 私は早鐘のようになった鼓動を鎮めながら、テーブルの方へと移動した。私が早くも絶望的な思いにとらわれ始めた、その時だった。突然、電話のベルが部屋の空気を震わせた。


 私は首を捻じ曲げ、背後の電話室を見た。けたたましい音を立てているのは、電話室に置かれた黒電話だった。私はテーブルの前を離れると、音に吸い寄せられるように電話室の方へと移動を始めた。


 ガラス戸を開け、狭い空間に身体を押しこんだ私は恐る恐る黒電話の受話器を取った。


 「――もしもし?」


 受話器の向こうから聞こえてきたのは、男性の物らしい落ち着いた声だった。


 「あの……あなたはいったい、誰なの?」


 気が急いていた私は、自分の素性を名乗る前に問いをぶつけていた。


「探偵です」


「探偵?」


 想定外の答えに私が困惑していると、相手は間を置かず「美名杯聖香さんですね」と畳みかけてきた。


「あ、はい……探偵さんがなぜ、私のことを知ってらっしゃるんです?」


「あなたのお祖母様から依頼を受けたからです。……申し遅れましたが、私は『うつしよ探偵社』という小さな探偵事務所を営んでいる須江田望すえだのぞみという者です」


「須江田さん、あなたは今、私が置かれている状況をご存じなんですね?」


 私が性急に問い質すと、須江田と名乗る人物は「大体は」と短く返した。


「知っているのなら、警察に通報してください。身内の行いだとしても、これは犯罪です」


「落ちついて下さい。あなたの置かれている状況は把握していますし、毒のことも承知しています。ですが……通報はできません。私は刑事ではないし、犯罪を取り締まるのは私の仕事ではありません」


 私は目の前が暗くなるのを感じた。祖母にしろこの探偵にしろ、揃いも揃ってどうかしている。


「それに私もあなた同様に、閉じ込められているのです。よりによって自分のオフィスに」


「なんですって」


「何者かがこの部屋の扉に、内側からは開けられない鍵を取り付けたらしいのです。お蔭で昨日から、他の案件に関する調査ができなくなりました」


 須江田のどこかずれた説明に、私は何とも言えない苛だちを覚えた。


「私はどうすればいいんですか」


「あなたに関する依頼は、助言のみとなっています。基本的にはご自身の力で脱出していただくしかありません。ただ、あなたが脱出に失敗すれば私は成功報酬をもらい損ねます」


 須江田のどこか他人事のような答えに、私は開いた口が塞がらなかった。

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