第4話 二番目の部屋 1


 鈍い衝撃をお尻のあたりに感じた後、急にあたりが静かになった。


 ――祖母の話が本当なら、ここは七階のはずだ。


 私は椅子から腰を上げると扉の前へ移動した。思い切って扉を開け放った直後に見えたのは、中腰になって多肉植物の鉢を眺めている初老男性の背だった。私がどう接したものか困惑しながら後ろ手で扉を閉めると、男性が肩越しにゆっくりとこちらを振り返った。


「あ……」


 私は記憶の奥底にうっすら残っている伯父の面影と、目の前の男性とを重ね合わせた。


「…………」


 私は緊張し、その場に固まった。『生きている肉』とはいっても不審そうな顔の一つぐらいは見せるのではないか。そんな想像を嘲笑うかのように、伯父は眉一つ動かすことなく再び観葉植物の鉢へと視線を戻した。


 私はついに言葉らしきものを発しなかった伯父の背を横目に、『交霊室』の向こう側へと移動を始めた。


 伯父夫婦の部屋は質素だが上品な趣が漂っていて、とても『生きた肉』と化した老夫婦が閉じ込められている監禁部屋とは思えなかった。


 ゆったりとした三人掛けのソファー、品のいいローテーブルとリビングボード、操作できるのかできないのか、部屋には大型テレビとエアコンまでが備え付けられていた。


 キッチンの方に目を向けると、コンロの前に立っている女性の背が見えた。伯母の八重子だろう。眺めているうちに薬缶が湯気を立てはじめ、視線を外そうとした瞬間、火を止めた八重子の顔がこちらを向いた。


 ――今度は、私に気づくだろうか


 私は息を呑んで八重子の反応を待った。だが、八重子は目を二、三度瞬かせた後、再びコンロの方に顔を戻した。


 ――だめだ。同じだ。やはり二人とも魂が抜けたようだ。


 私は途方に暮れた。これでは何の手がかりも得られない。私は壁にかけられている時計を見た。目覚めたのが朝の八時。今は八時二十分だ。祖母の話が真実なら、あと五時間四十分しかない。


 ――仕方ない『交霊術』をやってみるか。


 時計の針を見つめながら私が一人ごちた、その時だった。突然、肩に強い痛みを感じ、私は反射的に身を捩った。すると肘が何かにめり込む感触があり、「ぎゃっ」という呻き声が聞こえた。その場で身体を反転させた私はそこにいた人物の表情を見てぎょっとした。


「うう……」


 半開きの口から涎をたらし、うつろな目で私を見ていたのは伯父の義昭だった。

 

 ――嘘……さっきは私を見ても何の反応も示さなかったのに。


 私は混乱する思考を宥めつつ、伯父を刺激せぬようゆっくりと後ずさった。

 『柱』の向こう側まで下がった私は、伯父に動きがない事を確かめて体の向きを変えた。


 そのまま引き返し始めた私は、キッチン側に足を踏み入れたところで動けなくなった。


 リビングボードの前に、伯父と同様に口を半開きにした八重子が立っていたのだった。

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