第11話 三番目の部屋 2


 テーブルに手を乗せ、肖像画の方に目を遣ると見慣れた青い光がぼうっと放たれた。


「理乃伯母さん……?」


 壁に現れた女性らしき顔に話しかけると、霊は伯父の時同様「ああ……うう」と呻いた。


「教えて、伯母さん。このCDに伯母さんと一緒に写っているのは、亡くなった莉亜伯母さんですよね?」


「うう……そう……」


「お兄さんによれば、莉亜伯母さんの小鳥を捨てたのは、理乃伯母さんとのことでした。それは事実ですか?本当ならなぜ、仲が良かった莉亜伯母さんの小鳥を捨てたんですか?」


 私が一気に畳みかけると、理乃の霊はその場でぐるぐる回りながら「だって……だって」と絞り出すような声を上げ始めた。


「あの小鳥……もう飛べなかった……私は動物……詳しい……治っても、飛べない……だから目の前で死ぬところを見るくらいならと……」


「捨てたんですね?」


「あう……許して……」


 私は他人の隠しごとを暴くことに後ろめたさを覚えつつ、さらに問いを重ねた。


「莉亜伯母さんは、小鳥を捨てたのはお兄さんだと思いこんでいたそうです。もしあなたの仕業なら、どうして莉亜伯母さんはお兄さんの仕業だと思いこんだんでしょうか」


「あの子の部屋から小鳥を盗んだ後、兄のジャンパーを着て庭仕事をした……家族の目に付くよう、いつもはしない時間にわざわざ大きなスコップを持って」


「そういうことだったのね。みんなが隠そうとすればするほど、莉亜さんはジャンパーの人物に疑いを抱く……」


「うう、そう……」


 もういいでしょうと言わんばかりに身を捩る例に、私は次の問いを投げつけた。


「あなたのしたことがきっかけで、莉亜さんはお兄さんが可愛がっていた猫を殺してしました。猫を殺したのは莉亜さん、これは間違いないですね?」


「猫……私は殺してない……ただ、生き物にチョコレートを与えると死ぬことがあると教えただけ」


「なんてことを……」


 私は絶句した。謎の一部は解けたが、それは身内のごたごたというには痛ましすぎる事件だった。


「最後に、この写真について聞かせてください。これを見る限りあなたと莉亜さんは仲が良さそうに見えますが、亡くなるまでずっとこんな感じだったんですか?莉亜さんと仲たがいしたりすることは、なかったんですか?」


「それは……あった。あの子は、私を裏切った」


「捨てた?」


「私のユニット……莉亜は歌姫だった。私の弾くギターにあの子の声は見事に調和していた……それなのに、あの子は別の……ロックを馬鹿にするような男とユニットを組んだ」


「それが裏切りだと言うんですか?」


「あの子はもう歌わないと言った。……私とは一緒に演らないと……どうすればいいの」


 そういうことだったのか。つまり理乃伯母さんにも、莉亜伯母さんを殺す一応の『動機』はあるというわけだ。


「あの男っていうのは、どんな人なの?」


「それは……」


 私が重ねて問うと、理乃の霊が一瞬、躊躇するように口ごもった。


哲人あきと……兄さんの長男……莉亜の甥」


「なんですって?」


 私は混乱した。理乃伯母さんから莉亜伯母さんを奪ったのは、長兄の長男……つまり私の従兄だ。ほぼ会ったことがないに等しい従兄の登場に、私は動揺を隠しきれずにいた。


「哲人……このすぐ下……住んでる……奥さんと」


 私は頭を抱えた。次の階の謎も、上の二階の謎と深く結びついたものだったのだ。


「その哲人さんは、莉亜さんに関して何か秘密を抱えていると思いますか?」


「思う……だってあいつは……」


「あいつは?」


「莉亜にひどいことをした……その前にも、捕まったことがあるというのに……」


「ひどいこと?……捕まったって……警察に?」


 私は頭に溢れた疑問を立て続けに理乃の霊に浴びせた。だが、伯母の霊はそれきり口を閉ざし、私の問いに答えぬまますっと溶けるように消えた。


 ――なんてこと……手がかりを得るどころか、ますますわからなくなってきたわ。


 私は椅子を立つと、エレベーターを動かすキーを探るため、理乃のいる部屋へと戻った。

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