第6話
道路を徘徊する出来損ない達に襲われることも無く、意味もなく出来損ない達を殴りつけて遊んだりすることも無く、文字通り何事もなく、私はショッピングモールに着いた。
まだ締め切られてすらいなかった出入り口を普通に通り、万が一人に見られてても言い訳できるように、申し訳程度に隠れながら進んでいく。
所々にちらかっている真っ黒な目を貼り付けた肉片は、バラバラにされた出来損ないだろうか、ぬらぬらとした粘液を分泌しながら、たまにピクピク動いている。
白目のない、黒一色のそれを動かしているのか、時折光の返し方を変えながら。それは確かに何かを見ていた。
何はなくとも見ていて少し不快感があったので、ちょうど底に並べられていたボールペンで目を軽く一突き。
プチュッと音を立て、黒い汁を吹きながら弾ける目玉。
飛び出た黒い汁は目玉があった近くにかかり、それは私の手も例外ではない。
私の手と肉片にかかった液体は、そのままシュウシュウ音を立てて溶け込んでいき、瞬く間に黒いシミになる。
ピリピリとした痛み、疼くような痒みの後に来る、体を内部から作り変えられるような感覚。
ような、というか、実際に作り替えられているのだろう。ボコボコと蠢き出した小指の付け根は、みるみるうちに膨らみ、そこにポコリとおぞましくもかわいらしいつぶらなおめめが現れる。
単体で見るならかわいい目だ。真っ黒で、宝石みたいにキラキラしている目。私はそれを見て、それに見られて、とても気持ちが悪くなった。
なぜ気持ち悪いか。この目が目としての機能を持っていて、少しラグがあるもののしっかりと自分の見たものを私の頭に送ってきているからだ。
そのおかげで私は、自分が目を見ている映像と、自分を見てくる自分の映像を同時に処理しなくてはならなくなっている。
目が出ている手の向きを変えれば、当然だが映像はその方向を映す。
手をブンブン振り回せば、視界が下手な絶叫マシーンよりも激しく揺れて気持ち悪くなりそうになる。
視界が突然増え、しかもそれは視点が全然定まらない。これが不快でなければ、なんなのだろうか。
あまりにも不快だったので、私は指を突っ込んでそれを抉り出した。
ブニョブニョした触り心地の球体と、繋がってる糸をちぎって引き出すような摩擦感。
出てきた2センチくらいの目玉はどこを見ても真っ黒で、オマケに裏からプラプラと白い糸状の何かがぶら下がっている。
引っこ抜いた土壌の方はどうかと思い右の小指を見てみると、そこには小さな傷を残しながらも、出てきた目玉が入っていたはずの孔は消えている。
目玉の質量がどこから来たのかは少しだけ気になるが、それ以外は目玉が作られたことで押しのけられていた体の中身が元の場所に戻ったと考えればまあ納得できるだろう。
頭を切り替えるために取り出した目玉に注意を向けると、プラプラしていた白い糸は、母親を探す赤子の手のように手探りで辺りを調べている。
その動きが段々と広がっていくのをみて、このままだと目玉を掴んでいる手にまで届きそうだと思い、先程潰した目玉があった肉片の上にそっと置いてみる。
置かれた目玉は触手のように見える白い糸を、肉片に突き刺し、シュルシュルと根を張っていく。
そして数秒後、目玉は最初からその肉片についていたかのように、一切の違和感を残さずどうかしていた。
自分の腕が他人の方から生えてるものを見るような、奇妙な感覚。ついでにビクビクと跳ねだした肉片が喜んでいることが、何故かわかる奇怪な感覚。
喜び勇んで、ぬらぬらとした粘液の軌跡を残しながら、こちらにじわりじわりと近づいてくる肉片をみて、残念ながらあまり役に立ちそうじゃないことがわかったので追いすがる肉片を残して立ち去る。
彼の役に立たない肉片は、たとえ何かしらのつながりのようなものを感じたとしても連れ歩く必要が無い。むしろ、人に紛れ込むには邪魔になる。
そうしてすっぱり肉片のことを切り捨てて、そこらじゅうに似たような肉片が散らかっていることを無視しながら上の階に進んでいくと、
「そこの人、たぶんだけど生存者だよな?良ければ俺たちと手を組まないか?」
物陰に隠れながらなにやら布のようなものを振り出てきた、薄汚れている少し強面な男に、緊張したら様子で声をかけられた。
それを前にして、私は内心笑みを浮かべる。
第一非感染者、発見。
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