第一章 ショッピングモール
第7話
「いやー、よかった。この事態を甘く見てるやつからどんどんアイツらの仲間になっちまうからさ、慎重な仲間が欲しかったんだよ」
この状況に適応してか元々なのか、小声で大笑いしながら男、
少し話をしてみたところ、現状は店内整理の段階、各階を探索しながら、エスカレーターや階段などを封鎖していき、ついでに見つけた
話している感じや、本人に案内してもらった、生存者の集まりの中での雰囲気から考えても、きっとこの岸和田は善良な人間で、みんなを引っ張っていけるリーダー気質。
このショッピングモールの代表になるだろう。誰よりも前に立ちながらこうして非感染者でいられることから、勘や運がかなりいいであろうことが分かる。有事の際には真っ先に感染させて安全を確保したいものだ。
「甘く見ていなくて、本当に慎重な人ならまだ引きこもって様子見しているくらいの段階ですからね。どの程度食べ物を蓄えているかは個人差があるのでなんとも言えませんが、災害対策に数日分くらいはあるでしょうし」
「うちも、生きるならもう一週間は持つと思うんだが、娘がグズってな……。なるべく安全な上の方に隠れててもらって、俺は安全とお菓子の確保のために粉骨砕身だ」
溺愛している娘のことでも思い出しているのか、だらしない笑みを浮かべた岸和田。
こんな顔をしてはいるものの、もし家族が感染したら自分が介錯すると宣言している。作業している人たちの感染確認も毎日欠かさないし、この人さえいればショッピングモールは安泰だろう。
私がぶっ壊すことになるが。
「……よいっと。そんじゃこの辺はこれくらいでいいだろ。ちなみに兄ちゃん、これからちょいっとパトロールがてら感染者落としに行くんだが、一緒にどうだい?」
比較的安全が確保されている高階層のおもちゃ屋で大きなお友達が喜びそうなごついエアガンをいくつもリュックに詰め込み、ついでに大量の弾も隙間に流し込んだ岸和田が言う。
「感染者落とし自体は全然構わないんですけれど、このエアガンはどれくらい役に立つんですか?理性のある人間をいじめるならともかく、相手はほぼ化け物ですよね?」
「理由は知らないが、上手く目を潰してやると少しの間動かなくなるんだよ。その間に近づいて全身の目を全部潰してやるか、シートとかでくるんで紐なりガムテなりで固めてやると動かなくなるからそのまま外なり下なりに落としてやるのさ」
近づかれてパニックに陥った人が小石を投げた時に偶然わかった対処法らしい。
「効果のほどは、実際に見てもらえればわかる。これができなきゃ今の世の中生き残れないってくらいには重要で、役に立つから兄ちゃんもぜひできるようになってくれ」
岸和田の説明を聞きながら、中階層まで下りていくと、近くに同類の気配を感じた。目の数がそこそこ多いことと、気配がそれなりの速さで動いていることから、気配の正体は肉片ではなく出来損ないと考えていいだろう。
「岸和田さん、そこの角を右に曲がって十メートルくらいのところに感染者が一体います。お手並み拝見、ということでいいですか?」
なんで場所がわかるのか、本当のことは言わない。それを説明することは、自分の正体を白状することとイコールだから。ただ、音がどうとか適当にそれっぽい理由だけつけておいて、自身の有用性をアピールしつつ相手の反応を見る。
「……見えないのにそんなに詳しい位置まで推測できるなんてすごいな。オッケー、兄ちゃんがいいところを見せてくれたんだから、次は俺がいいところを見せる番だ。見てろよ!!」
そういって岸和田は、私の言葉を一切疑うことなく角に飛び出し、すぐに出来損ないに狙いをつけて両手に持ったエアガンを乱射する。
「目をつぶした!!兄ちゃん、ブルーシートを用意してくれ!!!」
岸和田の言葉に従い、背中のリュックに入ったブルーシートを取り出して角から顔を出すと、そこには顔面にいくつもの黒い眼玉を浮かべている出来損ないが、いくつかの目玉から黒い汁を噴出した状態で固まっていた。
「こいつらは顔に目玉を多くつけていることが多い!!!出てきている黒い液に触れないようにブルーシートをかけてくれ!!」
目の前の固まっている出来損ないに触れないようにシートをかけ、そのまま体の凹凸に合わせてガムテープを巻く。黒い汁に注意するように言ったということは、おそらく誰かが汁を浴びて感染してしまったのだろう。私は浴びても目玉が出てきて不快な気持ちになる以外は問題なかったが、万が一目玉が生えてきたところを見られたら警戒されてしまうので、汁に触れることのないように気を付けながら出来損ないの梱包を済ませる。
「巻き終わりましたけど、こんな感じで大丈夫ですか?関節との間ごとに二巻きくらいはしました」
「……初めて巻いたとは思えないくらい完璧な巻き方だな。俺が動きを止めた感染者にも臆することなく向かっていったし、他の連中とは違って落ち着いて行動できている。これまでの探索で会えなかったのが惜しいくらい完璧だ」
可能であればひじやひざを折りたたんだ状態で巻いたほうがいいが、普通に触ることのできない出来損ないが相手であればそこまで求めることはできないのだろう。臆することなく向かっていけたのは、もし万が一出来損ないが動き出したとしても自分の安全は確保できているし、最悪この場所を離れれば何とかなるのだから当然だ。
「あとはこいつにかまれないように、ブルーシート越しにでも口に指を突っ込むことがないように気を付けて階下に投げ落とせば完璧だ」
そういいながら出来損ないの頭付近をつかんで、ずるずる引きずりながら歩き出す岸和田。ブルーシートはつるつるしたショッピングモールの床との摩擦程度でダメになるはずもなく、きれいな状態のまま吹き抜けのガラス手すりまで運ばれ、そのまま数階下のフロアまで落とされる。
グシャ、嫌な音を立てて、足元の方の隙間から赤黒い液体を漏れ出させるブルーシート。
「これで一体処理完了だ。どうだ?結構簡単だっただろ?」
仲間に対する愛情深さと、化け物とはいえ人の形をしている、人であったものに対する容赦と躊躇のなさ。この二つが当然のように同居していて、しかしその姿が何故かかっこよく見える岸和田に対して、私は少しだけ、恐怖を感じていた。
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