第2話
空が明るくなる前、細くなった月がベランダのちょうど正面に見える時間帯に、雲一つない快晴であるにもかかわらず突如ぽつぽつと駐輪場の屋根に何かが当たる音を聞いて、偶然にも幸か不幸か左目のあたりに何かが入ったときのような違和感を感じて、私は寝酒として飲み始めてもう三本目に突入した缶チューハイの続きを飲むことをやめた。
そろそろ飲みすぎで痛んできた頭と、なにかが入った気がして変な感じがする左目と、不思議なことに突然変わてしまった天気と、このトリプルパンチを得て、何となく飲む気を失ってしまったからだ。
なんとなく下がったテンションのまま異物感の残る左目を擦り、窓を閉めてこの日は就寝。連休をいいことに夕方まで寝て、起きてテレビをつけたらどこのチャンネルを見ても黒い粒がどうのこうのと言った話題ばかりで、顔や手の一部が黒くなった芸能人ばかりが映っている。
することも無いままテレビをBGM代わりにつけ、することもないので眺める。
謎の黒い粒。生態系および人体には影響がない。ものに触れるとすぐに風化する。未知のウィルスなどは特に検知されていない。動物園にコアラの赤ちゃんが生まれた。一ヶ月前の殺人事件の容疑者が現在捜索中。
見ていても見ていなくても大して影響がない番組を見ながら、スマホのSNSでいろいろな研究機関の公式アカウントが発表している情報と同じか確認、見たところおおむね一致しているので、害がないのであれば特に何もしないことに決める。そして用がないことをいいことに一切外出することなく三日間の連休を引きこもりながら過ごし、そして三日目の夜、事態は急展開を迎えた。
まず一つ目は、突然降り始めた黒い粒たちが、降り始めのときと同様突然降りやんだこと。
そして二つ目が、黒い粒にあたって体中のいたるところに黒いまだら模様を浮かべていた人とその周囲が、思い出したかのようにまだら模様を気にしだしたこと。
三つ目に、まだら模様を浮かべていた人たちが一斉に体調不調を訴えだし、その訴えがなくなるのと同時にまだら部分からつぶらな瞳をあらわにし、突如周囲にいる人たちを手当たり次第に襲いだしたこと。
そして最後に、黒い斑点と目玉にまみれた人から襲われた人、さらに言うのであればその中でも噛みつかれた人たちが、手当されている最中に全身の肌に黒いまだら模様を呈し、襲い掛かったものと同じように全身に目玉を浮かべながら周囲の人に襲い掛かったこと。
何を以ってなのかわからない有識者曰く、この状況はホラー映画などで度々話題になっているポストアポカリプスものに近いらしい。それらの定石通りに進むのであれば近いうちに自衛隊や警察などの国家勢力は
創作物と現実との間にいったいどれほどの相関関係があるものなのかはいまいちわからないものの、えらいらしい有識者の方が言うからにはきっとそうなのだろう。根拠らしいものは一切ない、妄想と言えるようなものであるが。
そしてそんな、後日ネットの記事を見て知ったことはともかくとし、実際のところ、この日の私は丸々一日中体の重さと止まらない頭痛に苦しめられていた。内側から内臓を削ら荒れているかのような、脳の中に寄生虫が入り込んで好き放題食い荒らしているかのような不快感と痛み。とても正気じゃ耐えられないようなそれに加えて、金縛りにあったかのように全く動かない体。
普段であれば鎮痛剤を使うなり、ただひたすら考え事をして時間をつぶすなり、どうとでもできるような二つの異常であったが、いかんせん同時に来られてしまってはどのようにもしようがない。痛む頭を、動かぬ体を憂いながらただひたすら耐えることしか残された道はない。
そうして丸一日にわたる苦しみに耐え、気が付いたら気を失っていた私が見たものは、いつもと比べて気味の悪いくらいに静かで、同時にうるさい世界だった。
絶えず、頭の中で騒ぎ続ける声。うるさいのに、うるさいはずなのに決して不快ではないその声を、一度認識の外に追い出す。
ひとまず現状確認。気を失うまでずっと感じていた、終わりのない頭痛は消えている。ぴくりとも動かなくなっていた体も問題なく動くようになっているので体に関してはもう大丈夫だと考えてもいいだろう。気分的にも極めて爽快だ。今なら空でも飛べそうという言葉は、きっとこんな時のためにあるのだろう。
とてもじゃないが、頭の中に瞳状の寄生生物みたいなものが巣食っているような状態だとは思えない。もしかしたら寄生されていない状態のほうが生物として不完全な状態なのではないかとすら思える、この全能感に近いものが一体何なのかはわからないが、少なくとも、今この状態になっている私としては、現在の状態が全く嫌ではない。
目から伝わる情報は普段より彩にあふれ、耳に聞こえる音は金属製の扉の向こうにある動くものの有無までありありとわかる。頭の中の、どこか奥のほうで、自分じゃない何かの意識が、
私は、
今だからこそわかる。"私"は、いや、"私たち"はいかに不完全で、非合理的な生物だったのか。そしてわかる。
二ヤリ、と、抑えきれない笑いが表情筋上に露出する。
その願いは私のためで、私たちのためで、そして、なにより
たとえもし、それが人の世に対する裏切りであったとしても、たとえもし、それによって人類が取り返しのつかないような痛手をおったとしても、そんなことは私たちには関係ない。
私が求めなくてはいけないことは、あくまで私たちの目的の遂行であり、
そして、私たちが目指すべき事柄、我らが愛おしき
今の私は、おそらく
冷静に考えればおかしい。冷静じゃなく考えても、少しおかしい。だから、私はそんなおかしいことを考えるのはやめて、治し方でも考えるべきなのだ。今のおかしい自分から脱却すべく動くべきなのだ。
ただ、そこまでわかっていても私の体は動こうとしない。私の心は変わろうとしない。明らかな異常を前にしても、今の自分が求めるものに執着してしまう。きっと、おそらく、中毒者と呼ばれる人々は、いつもこんな感覚なんだろう。自分の状態をはっきり自覚しながらも逃れられないのだから、恐ろしいものだ。
頭を振って、自分の在り方を否定しようとする
私の目的は、
その手段は、人々にこの寄生生物を植え付けること。
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