第1話
ある夜の未明のことだった。
未明の言葉通り日が昇らないうちからのこと。草木も眠るような丑三つ時を過ぎて、だいぶ気が早いことりたちが何かを訴えるように一斉に囀りだした。
それとほぼ同時に吠え出す犬たち、姿を消すカラスたち。誰もがわかるいかにもな異常。そんなことを引き起こしたのは空の上から突然ぽつぽつと振ってきた黒い粒。噴火した火山から数ミリの粒が降り注いでくるときのような、視界を覆うほどではないけれど、外を歩けば結構な数が当たるくらいの密度で降り注ぐそれは地面に落ちるのと同時に砕け、瞬く間に風化して消えていく。
雨のように、雹のように空から降ってきたそれは、一見何にも影響を与えていないようにも見えた。ただただ降るだけ降ってすぐに消えてしまっているだけ。動物の毛に弾かれて散っているだけのそれは、ここまでは何の害もなかった。人がそれを被るまで、何一つ問題のないものであった。
問題があったのは、まさに人がそれを被ってしまった時だった。
ぽつんと当たった一つの黒い粒。
地面に、あるいは人間以外にぶつかった時のように表面で弾かれるだけだと思われたそれは水の上に垂らした油のように肌の表面で広がり、シャツに垂れた汗のようにシミを残して染み込んでいく。
真っ黒に染まっていく肌。ポツポツと当たるたびに、増えていく黒い斑。
真っ黒に広がっていくシミの中で、それに気が付かず歩いていく人たち。
誰もが気に留めながらも、気づかないうちにたくさんの人たちに広がっていく黒いシミ。それは何かの意思が働いているかのように人々に気づかれることなく浸透していき、そしてある時、突然にすがたを現した。
黒いシミから突然浮かび上がってきたのは、真っ黒な瞳。顔でもないところに、全身いたるところに現れたそれらは、当たり前のようにそこに生まれて、当たり前のように体の自由を圧迫して、当たり前のように社会的な珍事件として扱われて。
そして当たり前のように、人から体の自由を奪った。
三日三晩降り続けた黒い粒は二日目が終わるころには人体および生物に対して特に影響がない物であろうという見解が示され、それを信じて傘もささずに黒い粒の中を歩き回るようになった人々を中心に、世界各地の若者と危機意識の薄い者たちの間から体の自由が利かなくなる人々が現れた。そうしてそれらの人々は十数分かそこらのうちに自我すら失い、近くにいる人々を手当たり次第に襲いだすようになる。
"人体奇形化事件"と公に呼ばれる事件の始まりであり、一部の人種からはショゴス化事件と呼ばれることの始まりになる出来事は、こうして始まった。
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