第63話 アルテナの覚悟

「まず『聖剣士』諸氏には本会議に参加してくれたことを心より感謝する」


「いや強制だったじゃん」


 レインの定形的な謝辞に対して、『聖剣士』の少女が噛み付いた。

 短い金髪に赤い瞳。

 ずいぶん若く見えるが、彼女からもそこらの冒険者とは違う空気を感じる。

 アルテナにも言えることだが、俺が駆け出し冒険者として泥臭く足掻いていた年頃に多くの場数を経験しているというのは驚きだ。


 活躍する若者を見ると、なんとなく自分が年老いてしまった気がしてくる。

 事実として老いてはいるのだが。


 少女の横槍を全く意に介さず、レインは言葉を続ける。


「本日の議題を簡潔にまとめると二つだ。

 一つは聖剣士狩りに関する情報共有。そして次に聖剣士狩りへの対策。

 これについて何か質問がある者は挙手を」


 レインは俺たちを見回す。

 誰一人として手を挙げるものはいなかった。

 まあ、妥当なところだろう。普通に予想通りの内容だった。


「同じ職業とはいえ初対面の者も多いだろう。始めに各々自己紹介をしてもらう。まずは俺から。本会議の議長を務めるレイン・マグヌスだ」


 立ち上がって告げたレインは、視線を爺さんに向ける。

 爺さんはやれやれといった様子で立ち上がり、


「議長の補佐を務める、グラン・アーガスだ。言葉足らずな議長の通訳を主に担当する。以後、オレから右回りで名乗ってくれ」


 そう言うと爺さんは着席した。

 右隣はルーカスだ。

 いきなりでびっくりしたのか、固まって爺さんを見つめるルーカス。


「なに見てやがる。はやくしろ!」


「は、はい!

 クルグス村出身、ルーカス・ベイカーです! 実家はパン屋です! よろしくお願いしまっす!」


 一息で言い切ると、ルーカスは魂が抜けたように着席した。

 そして続々と自己紹介が始まる。


「フリタニア出身、アーサー・ライトです。よろしくお願いします」


「クィラ出身、アイリーン・ベルフラウだ」


「温泉街セントリア出身、ジェシカ・フローレス」


「クィラ出身、クララ・ワルティアです! アイリちゃんとは同郷の幼馴染でーす!」


「やめろクララ」


 そしていよいよ俺の番がくる。

 ルーカスが焦って余計な自己紹介をしたせいで出身地まで公表しないといけなくなった。


「ローエン村出身、クリス・アルバートだ。よろしく頼む。後ろの奴らは俺のパーティーメンバー、付き添いだ」


「オリアナ・エルフィートだ」


「アルテナ・アクアマリンです」


「シオン・ターコイズです」


「ハーレムだー!」


「クララ!」


 妙にテンションが高いクララが俺を指差して爆笑する。

 思えば確かに、今のパーティーは男女差に偏りがあるかもしれない。

 傍からはそう見えるのだろうかと思うと、途端に居た堪れなくなる。


 『聖剣士』の自己紹介は終えた。

 残るのは王女だけだ。


「では、最後はわたくしが。

 ラキア王国第一王女、マリアと申します。

 才能溢れる王国の民が何者かの悪意によって命の危機に立たされている現状は看過し難いものです。

 微力ではありますが、わたくしの力の限りに皆様をサポートさせていただきますのでどうかよろしくお願いいたします」


 深々と頭を下げるマリア王女。

 なんだかこっちが申し訳なくなるからやめてほしいところだが、ここで声を上げるわけにもいかない。

 全員が神妙な顔で黙っていると、レインが口を開く。


「では一つ目の議題に入る。聖剣士狩りの情報は少ない。敵の数も実力の程も未知数だ。できるだけ多くの情報を得るため、本会議には『聖剣士』ではない聖剣士狩り接触者も同席している」


 レインがオリアナやアルテナに目を向ける。

 どうやら爺さんからある程度は話が通っているようだ。


「こちらが確認した聖剣士狩りは一名。彼女……ジェシカ・フローレスが交戦し、そののち俺が対処した」


「……ふん」


 レインに目配せされたジェシカは拗ねた様子でそっぽを向いた。

 こんな小さい子どもが聖剣士狩りと戦ったとは。勝てなかったにしても、死ななかっただけ上等だ。


「お前が相手したってことはその聖剣士狩りはやったのか」


 爺さんが身を乗り出して聞いた。

 レインは首を振って答える。


「いいや。未知の魔法によって逃亡を許してしまった。おそらくは空間を操る類のものだろうが、そんな芸当ができる魔法使いは俺は知らない」


「チッ……情報通りってわけか」


「情報通り?」


「ああ、いや。それについてなんだがな」


 爺さんが俺とアルテナを交互に見る。

 それだけで俺たちは意図を察した。

 俺もアルテナに目を向け、彼女に無言の問いかけを投げる。


 少しだけ思い悩む素振りを見せるも、アルテナは静かに瞑目することで回答を示した。


「オレたちが接触した聖剣士狩りは二人だ」


「どういうことだ? 伝令の情報では一人の聖剣士狩りと交戦したと聞いたが」


「戦ったのは一人だ。もう一人とは戦ってはいない。というか、敵じゃない」


「要領を得ない。そのもう一人とは何者だ?」


「私です」


 一斉に視線がアルテナへと集中する。

 その目は疑念だ。

 聖剣士狩りに対抗するために開かれた会議に、聖剣士狩りが出席しているというのは傍からすれば意味不明だろう。


「私は聖剣士狩りの一人。訳あって現在は聖剣士狩りとは敵対関係にあります」


 会議が始まって初っ端から爆弾発言。

 表情の機微が疎いレインですら目を眇めて真意を窺っている。

 仕方ない。こうなることはわかっていた。

 長時間アルテナと共に生活していた俺とは違って、彼らは完全に初対面だ。聖剣士狩りの凶悪性だけを認知した状態では、どうしても猜疑心が拭えない。


「私は聖剣士狩りの情報を持っています。真偽の判断は皆さんに委ねます。どうか話だけでも聞いてください。お願いします」


 アルテナは頭を下げて言った。

 振り切った、と思う。

 この場で自分の素性を明かすことがどれだけのリスクか、当然アルテナはわかっているだろう。

 俺はアルテナの覚悟を尊重する。そしてこの場で彼女が攻撃をされるとするなら、全力で守る。それが仲間だ。

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