第62話 招集会

 馬車に乗って門をくぐると、大きな庭を過ぎて城の目の前で降りる。

 遠くから眺めるだけでも絶景だった王城が目前にあるとなると、その圧巻極まる迫力に感嘆するばかりだ。


 オリアナは慣れた様子だったが、アルテナとシオンは俺と同じように城の頂上を見上げていた。


「おい、なにしてる。さっさと行くぞ」


「あ、ああ」


 爺さんに急かされて俺たちは扉をくぐる。

 白亜の内装からは千年以上続く歴史が感じられ、田舎者の俺は内心休まらなかった。


 長い廊下を歩き、案内人が三つ目の扉を開いた時だ。

 視界に広がるだだっ広い空間。

 煌びやかな装飾が壁や天井に施され、金の刺繍が入ったカーテンがそこかしこにかかっている。


 おそらくここが招集会が行われる舞踏会場だろう。

 そんな風に思っていると、見覚えのある人物がこちらに向かってきた。


「おお、クリスさん! あんたも来たか!」


「ルーカスか、見たところ元気そうでなによりだ」


「あんたのおかげさ!」


 俺の目の前で大仰に喜びを表現するルーカス。

 周辺を見渡すと、他に人間はいない。

 どうやらルーカスが最初に到着していたようだ。


 よほど不安だったのかやたらと俺に絡んでくるルーカスだが、爺さんが厳つい顔で割って入る。


「てめえここで騒いでねえだろうな?」


「も、もちろん。言われた通り大人しくしてたさ。ていうか流石の俺もそれくらいの常識はあるって……」


 途端にドギマギするルーカスの姿に日常の空気を感じて、俺は緊張が少しだけ解ける。


「爺さん、他のメンツは?」


「ああ、そろそろ……いや、もう来たようだ」


 爺さんがそう言うと、俺たちが通った扉が再び開く。

 目を向けると、複数の男女が続々と会場に足を踏み入れる。

 ほとんど知らない顔だ。しかし初見でも感じてしまう強者の覇気。

 彼らが俺よりもよっぽど実践を熟知している猛者だとわかる。俺と同じ『聖剣士』の恩恵を持つ、特別な存在。


 その逸材の群れの中でも、特に異質であまりに大きな気配を放つ唯一人。


――レイン・マグヌス。


 俺は息を呑んだ。

 二年前と同じ。いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。

 この何人も寄せ付けない気迫。それは例えば人が神を畏れるような絶対的な格差とも言える。

 こんな怪物に挑んだ二年前の俺は本当にバカだ。しかし挑めるだけの精神力は我ながら褒めてもいいかもしれない。


「レイン・マグヌス。および聖剣士一同、到着した」


「おう。ご苦労さん」


 爺さんとレインが顔を合わせる。

 立場上、共有しなければいけない情報も多いだろう。

 改めて出世したものだとその姿を眺めていると、会話を終えたレインがこちらに目を向けてくる。


 その視線は他の誰でもなく、俺に向けられたものだとすぐに察する。

 言いたいことはいくつかあった。

 パーティーを追放したこと。パーティーメンバーのこと。ティオナのこと。

 しかしレインの漆黒の瞳に射抜かれた今、俺はなにも口にすることができなかった。


 言葉を交わすこともなく見つめ合う。

 まるで時が止まったような長すぎる体感。

 そんな刹那の静寂を破ったのはレインだった。


「久しぶりだな、クリス」


「……ああ」


 昔と変わらないレインの平坦な声。

 すっかり弱気になった俺の小さな返事。

 それだけの認識で二年間の重圧が俺に再びのしかかってくるような気がした。


 動悸と冷や汗。

 これはマズイ。このままではダメだ。

 急速に腐敗していく精神状態を回復させるために息を大きく吸って。吐いて。


「――クリスさん」


「っ!」


 強ばる手を包む優しい感触。

 横を見ると、アルテナが前を見据えていた。


 そうだ。

 俺はもう昔の俺じゃない。

 手放した幸福は数知れず。しかしそんな俺にも今は大切なものがある。


 少しずつ握り拳を解き、平静を取り戻す。

 僅かに瞑目して再び俺はレインと向き合う。


「レイン。あの時のこと、」


「レイン様ー!」


 意を決して口を開いたと同時に、甲高い声によって俺の言葉は遮られた。

 呆気に取られて声の主を見ると、豪奢なドレスを着込んだ金髪の少女がレインに駆け寄っていた。


「姫」


 レインが一言、そう呼んだ。

 あれがこの国の王女。生で見るのは初めてだ。


「もう! わたくしのことはレイシアとお呼びくださいと言っているじゃありませんか!」


「申し訳ございません。しかし私の立場では姫とお呼びするのが限界かと」


「レイン様は謙虚な方ですわ。誰よりも勇敢で力強く、権力だってあるというのに」


 王女は小さく嘆息した。

 呆れていると言うよりは、恋煩いのせいだろう。

 このよくわからないやりとりでも、王女にしてみれば宝石よりも価値のある時間なのかもしれない。


「姫。此度は緊急の場を設けていただき心から感謝いたします。この御恩は我が剣に誓って必ずお返しします」


「恩を返さなければいけないのはこちらです。レイン様がいなければわたくしは今頃生きてはいなかったでしょう。わたくしはレイン様に生かされているも同然なのですから、これくらいの計らいは当然です」


「姫の身を守るのは王国民として当然のこと。感謝されるようなことでは」


「謙虚がすぎますわ。レイン様、民は武器でも道具でもありません。わたくしの命を救った。それがどれほどの大義であるか……もはや添い遂げるしかありませんね」


「その話は何度も……」


「――ゴホン! あの、そろそろよろしいですか?」


 なにやら惚気話が始まろうとしていたところを、爺さんが阻止した。


「ああ、そうでした。大事な会議でしたね。では皆様、着席してください」


「姫もご出席なさるのですか?」


「はい。『聖剣士』は国にとって特別な存在です。その命が脅かされているとなれば、わたくしも他人事ではありませんから。……迷惑でしたか?」


「いえ、そのようなことは」


 そして、結局俺はレインと話すことはできず招集会が始まった。

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