第61話 仲直り
シオンと出会ってから数日。
そろそろレインたちがくる頃合いだな、なんて話をしながらみんなで朝食を食べていた時のことだった。
「すみませんでした!」
突然宿に押しかけてきたシオンが帽子を取って盛大に頭を下げてきた。
パスタを口に運んだまま固まるアルテナとオリアナ。俺も手に取ったコップを持ったまま固まっていた。
以前にも似た光景を目にした気がするなんて呑気に考え、ハッと我にかえった俺は口を開く。
「なんの謝罪かわからんし、頭あげてくれ。というか、よく俺たちの場所がわかったな」
「二日前から王都中の宿をしらみ潰しに回っていました」
「思った以上に力技だった!」
シオンは平然と言うが、王都の宿なんて安いところから高額なところまで入れたら百を超える。
よくもまあ心折れずに探し回ったものだ。
「そ、それで。どうして謝罪なんて」
「それは……クリスがパーティーを脱退する原因をつくったのは私ですから。それに先日、私は感情が昂ってオリアナに対してひどいことを言ってしまいました」
本当にすみませんでした、と再び頭を下げるシオン。
数日考えて頭が冷えたのか。まるで人が変わったように積極的なシオンの様子にオリアナも戸惑いっぱなしだ。
「いいや、あの時レインを追い出したのは俺の判断だ。シオンは悪くねえよ。こっちこそ悪かったな。いろいろ」
「クリスが謝ることはありません!」
俺も頭を下げると、シオンが慌ててこちらに寄ってくる。
なんだか新鮮だ。
こんなに感情表現が豊かなシオンは久しぶりに目にする。
「あの、それで……なんですけど」
「ん? どうした?」
モジモジと遠慮がちに口ごもるシオン。
なにか恥ずかしいことでもあるのか。
「あの、私もクリスのパーティーに入れてもらうことはできないでしょうか」
「ほ、本当か!」
オリアナが席を立って声をあげた。
その瞳は喜色に煌めいている。
「はい。あれから考えたんです。やり直すなら、今しかないと」
オリアナに向かって柔和な笑みを浮かべるシオンは、どこか吹っ切れた様子だった。
ここ数日でなにか心境の変化があったのだろう。危惧していた事態があっさりと丸く収まってくれたので、俺は一人で胸を撫で下ろす。
「シオンさんは『魔法使い』でしたね。私たちは物理特化なので、魔法を扱える味方は心強いです」
口周りを真っ赤に染めながら言うアルテナ。
俺はおしぼりをアルテナに手渡しながら、笑ってシオンの方へ向く。
「だ、そうだ。うちのリーダーが許可するなら拒む理由はない」
「え? クリスがリーダーではないのですか?」
なんか同じ問いかけを以前にされた気がする。
「俺はこいつの付き添いだ。今回は俺はリーダーじゃねえよ。器でもないしな」
「そんなことはないと思いますが……」
眉を下げて否定してくれるシオン。
その優しさに内心で感謝しつつ、俺はシオンに手を差し出す。
「また、よろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
シオンはすぐに手を握り返してくれた。
妹のことは今、聞ける空気でもなさそうだ。
シオンがこうして前向きになってくれただけでも僥倖だろう。
これから時間をかけて、もう一度腹を割って話し合えばいい。それが仲間だ。
「クリス・アルバート様」
宿の入り口からギルドの職員と思わしき人物がやってきた。
何事かと目を向けると、真剣な顔で職員が告げる。
「ギルドマスター、レイン・マグヌスの一行が王都に到着しました。ギルド仮設本部にて馬車の用意があります。ご同行ください」
「それって、つまり」
「はい。聖剣士招集会が始まります。アーガス代行がお呼びですので、お急ぎを」
ずいぶんと急なことだ。
到着次第とは聞いていたが、王都に着いて直行とは思いもしなかった。
俺は立ち上がって仲間に目を向ける。
「こいつらも連れてっていいか?」
「オリアナ・エルフィート様とアルテナ・アクアマリン様につきましては招集がかかっていますが……そちらは?」
見つめて問う職員に対して、シオンは険しい顔を向ける。
仲間外れにされるのが嫌なのだろうか。
せっかくこうして仲直りしたのだし、これから共に戦う間柄としてはやはりシオンは同行させたい。
「あー、こいつも俺の仲間なんだ。できれば連れて行きたい」
「しかし、部外者は」
「爺さんに確認とってくれ。とにかく本部の方まで同行させるぞ」
「……はい、承知しました。では向かいましょう」
「おう」
アルテナとオリアナも席を立ち、後に続いて歩き始める。
俺の横を歩いてるシオンが小さく話しかけてくる。
「ありがとうございます」
「気にすんな」
冒険者ギルド仮設本部に着くと、門前に馬車が止めてあった。
その横には御者と談笑しているグランの爺さんがいる。
職員を先頭に馬車まで向かうと、爺さんはこちらに目を向けてくる。
「来たか、クリス」
「ああ」
俺の姿を確認すると、職員に目配せをして下がらせる。
爺さんは俺、アルテナ、オリアナ、と視線を流し、シオンを認めると少しだけ驚いたように目を開く。
「なんだ、もう話つけたのか?」
「ついさっきな。それで相談なんだが、シオンも同行できないか? これから聖剣士狩りと戦うとなると、シオンの力も必要になる」
「ということは、シオンもアルテナパーティーに参加するってわけか。レインのやつも振られっぱなしで災難だな」
そう言って大胆に笑う爺さん。
あまりレインの側は心配していないようだ。
それもそうだろう。あいつは一人でだって駆け上がれる人間だ。
爺さんもレインの背中を見てきた人間だから、俺とは違ってそれなりに信頼を置いているのだと思う。
「まあ一人増えるくらいどうってことはない。なにせ場所が場所だ。百人寄せ集めたって有り余る。信用の面も、まあシオンなら大丈夫だろう。レインも拒むことはないと思うぜ」
「そうか、助かる。急で悪いな爺さん」
「気にすんな。最近は急なこと続きでこっちは慣れちまったよ。今なら王都が壊滅するって聞いても平静でいられる自信がある」
「そういうことアンタが言っちゃダメだろ……」
立ち話もそこそこに、俺たちは馬車に乗り込む。
王城までそうかからない。
レインはすでに到着しているって話だし、先に会場で待っているだろう。
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