第60話 お別れ(リトア)

 約束通りに翌日の昼過ぎに私の根城にやってきた金髪は、自信満々な顔で自らの知識をひけらかしてきた。


 蘊蓄を語っては問題を投げかけて、それに答える。

 一問一答形式で行われた勝負は結局私の全勝に終わったけれど、金髪の知識量が並ではないことはわかった。

 少しだけ引っかけのような問題を出して意地悪をしなければ危うかったと言えるくらいには、私は追い詰められた。


 ボコボコに打ち負かされた金髪は悔しさで喚いて逃げ帰ると思っていたけれど、私の予想に反してその顔には満面の笑み。

 私に負けた悔しさよりも、知らないことを知れた喜びが勝ったようだ。


 それから金髪は私を『センセー』と呼び出したので、ゲンコツを食らわせておいた。

 放っておけばどこまでも増長して。これだから子どもは好きじゃない。


 勝負は終わった。

 しかし金髪は翌日も私のもとにやってきた。

 どうやら教えを乞いたいようだ。

 勝手に勉強していなさいと跳ね除けたけれど、生の知識が欲しいと言われてしまうと拒みきれない。紙媒体を小馬鹿にしたのは私なのだから。


 いまどきここまで熱心に花の勉強をする子どもも珍しい。

 幼心の気まぐれとも思ったけれど、その熱量からは確かな意思を感じた。


「あなたどうしてそんなに花に拘るの?」


「は? そんなもん決まってるだろ! 私は将来、王都で花屋を開くんだ」


「花屋、ねえ……」


 別に珍しくもないけれど、ただの花屋なんてそこらにいくらでもある。

 王都ともなれば大きな店が市場を牛耳っているのだし、こんな小娘が入り込む余地はないだろうに。


「ただの花屋じゃないぞ。世界中の珍しい花を集めて売るんだ」


「珍しい花?」


「そうだ。市場に売られていないような花の種を自分の手で仕入れて、それを栽培して売る。普通の花屋は冒険者に依頼したりしてるが、私の実力ならその辺のへなちょこ冒険者じゃ踏み入れない危険な場所にだっていける」


「あの程度のゴーレムに苦戦しているようでは無理だと思うけれど」


「あ、あれは調子が悪かっただけだ! 普段だったら一瞬でボッコボコだからな!」


「あらそう」


 顔を真っ赤にして強がる金髪。

 とはいえ、目的自体はしっかりとしていて感心できる。

 ひとつ問題があるとすれば、いちいち自分の手で花の種を集めていたら経営が立ち行かないということだろう。あら、致命的ね。


「そうだ! 姉ちゃんも一緒にやらないか?」


「私も?」


「姉ちゃん強いし、二人だったらもっと珍しい花を見つけられるかもしれない」


「そうねえ……それなら、片方が経営をして、片方が花を探すってした方が効率がいいかもしれないわね」


「それだ! そうしよう!」


「しないわよ」


「えー! 今の完全にやる流れだったじゃんかー!」


 知ったことか。

 不満ありげにこちらに顔を近づけてくる金髪。

 私はそっぽを向いて拒絶する。


「はぁ、まあいいよ。気が向いたらいつでも言ってくれ」


「一生ないから、安心してちょうだい」


「とかなんとか言ってー?」


「殴るわよ?」


「ゴメンナサイ」


 一度ゲンコツを受けているためか、拳をチラつかせると金髪はあっさりと身を引いた。

 いまだに互いの名も知らない状況なのに、よくもまあこれほど近い距離で会話ができるものだ。

 子どもながらの無知、あるいは無邪気さとでも言おうか。どちらにしろ私にはない感性だ。


「……なあ、姉ちゃん」


「なによ」


 改まって声をかけて来たので、私は金髪をみる。

 金髪はどこか消沈した様子で口を開く。


「実はさ、明日クハナを出ることになったんだ」


「そう、清々するわね」


「ひどいなもー」


 頬を膨らませて抗議している金髪だが、私は無視する。


「姉ちゃんと話すのはこれで最後になるかもだから、改めて礼を言うよ。おかげで私の知り合いも、私も助かった」


「知らないわ。私は私のために動いただけ」


「へへ、かっこいいな姉ちゃん」


「なにがよ」


 からかうように笑う金髪の頬を引っ張る。


「いひゃいいひゃい!」


 涙を浮かべて両手を振る金髪を見て気分がスッとした私は、指を放して欠けた天幕を見上げる。


「あなたの相手をしていたのは単なる暇つぶし。死ぬほど退屈だったからよ。それ以外の理由はないわ」


「……うん、わかってる」


 王都に向かってから全く連絡がないタウリアも気にかかるが、まさか誰かにやられたわけではないだろう。

  おそらくそろそろ顔を出すはずだ。その時にこんな娘と一緒にいるところを見られたら、どんな小言をもらうかわからない。


 別れのタイミングとしてはちょうどいい。


「まあ、あなたのおかげで退屈しないで済んだわ。ありがとうね」


「姉ちゃんがデレた!?」


「うるさいわね。単なる社交辞令よ、このクソガキ」


「ほへんひゃひゃい!」


 ちょっと隙を見せれば付け上がる子どもを躾けるため、私は反対の頬も引っ張ってやった。

 泣いて喜んでくれたようでなによりだ。


 それからしばらく金髪が一方的に駄弁り、日が暮れ始める時間になると名残惜しそうに立ち去っていった。

 ようやくうるさいのがいなくなってくれたおかげで私は一時の平穏を取り戻す。

 結局、腕慣らしは一度しかできなかった。鈍くはないからそれなりに感覚の調整は済んでいるけれど、やはりイマイチ運動が足りない。


 その夜のことだ。

 タウリアが帰ってきたのは。

 虚空から音もなく湧いて出てきたタウリアは、収穫ありといった顔をする。

 さんざん待たされた私は容赦なく不満の言葉を投げつける。


「遅かったじゃない。魔法の解析にどれだけかかっているのかしら」


「悪かったね。解析自体は先日に終わっていたんだが、少し寄り道をしていた」


「寄り道? なによそれは」


 気になって聞いてみると、タウリアは不気味に笑って答える。


「〝駒〟を王都に放っておいた」


「駒ねえ……あなたにしては珍しいことをするじゃない。自分しか信用していないくせに。まあ、それは私も同じだけれど」


「なにせ大掛かりな作戦だ。魔物の手も借りたいくらいにね。とはいえ今回は文字通り手を借りることになるが」


「あら、もう話は通してあるの?」


「ああ。も了承した。予定通り招集会を襲撃する」


 そう言って首肯するタウリア。どうやら下準備は終えているらしい。

 やっとか。ようやくあの男の首を取れる。


 私は胸が熱くなるのを感じる。


「明日、王都の西の外壁付近に来るはずだ。私たちも空間移動で向かう」


「あいつらも運べばいいじゃない」


「あまり私の魔法に触れてほしくないんだよ。特にあのクソサイコパスには」


「なるほどね」


 言いたいことは十分に理解したから、それ以上は口を挟まないことにする。


「今夜はゆっくり休むといい。明日は大仕事になるだろう」


「さんざん休んだわよ。休みすぎて衰えてしまいそうなくらいね」


「それは結構。明日は君の本領を期待しよう」


「よく言うわ。そっちこそ、あっさりやられたら許さないわよ」

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