第59話 闇の囁き(三人称)
「タウリア。どうしてあなたが……!」
「生きているって?」
ありえない。
あるはずがない。
だって妹は治癒は絶望的と言われた病に侵され何年も寝込んでいたのだから。
目の前に立っている少女がタウリアであるはずがない。
「これは幻じゃない。私は確かに生きている」
シオンの思考を先取りするように言葉を放ったタウリアは、軽い足取りで距離を詰めてくる。
「姉さん。私はね。特別な力を手にしたんだ」
まるで奏でるように言葉を紡ぐタウリアはシオンの目の前まで来ると、間近で視線を合わせる。
「他の誰も持ちえない力。姉さんの職業よりも、ずっと強力な……ね」
「な、なにを言っているんですか。タウリア、あなたは、」
「力が目覚めた時にね、私を蝕んでいた病は消えてなくなったんだ。おまけに病弱だった肉体も今ではほら、この通りさ」
両手を広げて子どものように笑うタウリア。
病的に白かった肌には確かな熱が宿っていて、年相応の健康体だった。
ここまで見せつけられては、シオンは信じるしかなかった。目の前の少女が自分の妹であることを。
「タウリア、あなた今までどこに? 私がどれだけ心配して探していたか」
「ごめんね。少し確かめたいことがあったから」
「確かめたいこと? それはなんですか」
「それは答えられない。……ねえ、姉さん。私はね、実は全部覚えているんだ。私は寝たきりだったけど意識は確かにあった。姉さんがいつも私を守ってくれていたことを、私は知っている」
両手でシオンの手を握って、タウリアは青い瞳を細める。
「私は強大な力を手に入れた。それは御伽噺で語られる『魔王』のような」
「昔読んであげた絵本の話ですか?」
「そうだよ。『魔王』はね、実在するんだ」
間近でタウリアの瞳を覗いたシオンは、どこか深い闇が籠った目に違和感を覚える。
「タウリア、あなた少し……変わりましたか?」
「変わった? まあ確かに変わったね。変わらなかったら今でも寝たきりだ」
「そういうことではなく、性格の話です」
「さてね、そんな自覚はないけど」
手を離して背を向けてしまうタウリア。
表情が伺えなくなったことでシオンは少しだけ不安が募る。
どこかおかしい。
目の前にいるのは確かに自分の妹だが、記憶の中のそれとは何か違う。
シオンは掌に小さく魔法を展開すると、タウリアに向ける。
「その魔法は、束縛系だね」
「――!?」
まるで背中に目があるように看破されたシオンは、咄嗟に魔法を放つ……が、
「魔法が発動しない!? どうして!」
「言ったでしょう?」
「っ!」
目の前にいたはずのタウリアが、いつの間にか背後から声をかけてくる。
慌てて振り向くと、そこには姿はなく。
「私は特別な力に目覚めたんだ。姉さんの職業を遥かに超える力に」
不意に耳元で囁かれたシオンは硬直してしまう。
なにが起きているのかわからない。なにをされたのか全く知覚できない。
一つだけわかるのは、タウリアはシオンの理解を超えた魔法を使えるという事実のみ。
「私はね、私が目指す高みに姉さんを招待したいと思っているんだ。
これはとても光栄なことだよ。他の誰も叶わない。姉さんだから私の隣に立てるんだ」
「たか、み……」
「そう。私が『魔王』として世界を統治するんだ。
この世界は理不尽に満ち溢れているだろう? 誰もが私利私欲のために他者の幸福を摘み取って当然と思っている。
そんな利己的な人間どもを叩き潰して本当の意味での平等な世界を作るのさ」
シオンから離れ、大仰に手を広げて語るタウリア。
「しかしその理想のためには『聖剣士』が邪魔だ。奴らは私たちにとって天敵たり得る力を秘めている」
「タウリア、まさかあなたが聖剣士狩りなんですか……!?」
「正確には私も、だけどね」
特別騒ぐ様子もなくタウリアはシオンに向き直って言葉を続ける。
「実はね、聖剣士招集会を襲撃するつもりなんだ」
「それはっ! タウリア、あなたはさっき私利私欲の愚かさを説いたじゃないですか!」
「これは必要な犠牲。言うなれば『大義』だ。何事も犠牲なにしには達成できない。姉さんが私の病を治すために自分の人生を犠牲にしたようにね」
そう言ってタウリアは冷淡な表情を浮かべる。
まるで世界の全てを見下すような目。シオンも知らないタウリアの顔。
「こんなくだらない世界の肩を持つ必要はないよ。
姉さん、もういいでしょ? さっき『死にたい』って言ってたよね。
そんな選択をわずかでも視野に入れさせた時点で、この世界は姉さんの敵であり私の敵だ」
「それは」
「死ぬべきなのは、姉さんを追い詰めた全部だ」
「で、でも」
「私なら姉さんを苦しめたりはしない。私は姉さんを理解しているし、愛している。もう不幸な目には遭わせない。……だから、この手を取って」
差し出された白く小さな手は、昔となに一つ変わりはなく。
「私は……」
シオンはかつて誓った。妹を守ると。
全てを失って、なにも守れなかったと嘆き続けた日々が脳裏によぎる。
けれど最愛の妹は帰ってきた。健康な体で。恵まれた才能を持って。
――もう一度、誓いを立てることができるなら。
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