第58話 妹(三人称)
一度振り返り、シオンはオリアナの姿がないことを確かめる。
狭い路地裏。
こんなところにまで逃げ込んで散々悪態を吐いて、かつて寝食を共にした仲間を追い返してしまった。
どこまでも成り下がったものだとシオンは己の愚かさを嘲る。
別に、クリスに対して恨みを持っているわけではない。
確かに今のパーティーは結果として崩壊している。
しかし、シオンの目的はそれ以前に希望を見失っていたのだ。
唯一の家族にして血を分けた大切な妹。
『魔法使い』というそれなりに優良な職業に恵まれた自分とは裏腹に、妹は何もかもを与えられなかった。
才能も。運も。そしてその命まで奪われようと言うのだ。姉として、とても看過できることではなかった。
シオンは思い出す。
妹がまだ病に侵されていなかった頃だ。
シオンはとっくに職業に目覚め、これからの人生にも多くの選択肢が与えられていた。
それに対して妹は、シオンが職業に目覚めた時と同じ歳になっても何も開花せず、なによりとても体が弱かった。
一日の大半をベッドの上で過ごし、調子がいい時でもあまり外出はできず。そんな妹を両親はとても忌み嫌っていた。
妹が病に侵されてからすぐに、シオンの両親は妹を安楽死させる提案をした。
才能もない。体も弱い。しまいにはよくわからない病に犯されて、ただ金を浪費するだけの置き物だと。
一人の子の親とも思えない非情な口振り。
あまりにも簡単に切り捨てる選択をするものだから、シオンは怒りのあまり両親に魔法を放って妹を抱き、逃げるように家を飛び出した。
それから王都にやってきて冒険者として地道に生計を立てて、妹を医療協会に預けて治療の維持費を払い続けていた。
そんな時分に出会ったのがクリスたちだった。
当時中級冒険者だったクリスたちは、低級で泥臭く戦っていたシオンを「ちょうど『魔法使い』が必要だったんだ」と快く受け入れてくれた。
理由を説明したわけでもない。ただ、ティオナやオリアナは何も聞かずに寄り添ってくれていたのをシオンは覚えている。
恩知らずにも程がある。
思い出しても思い出しても、よくしてもらった記憶しかない。
時間をかけて打ち解けて事情を説明した時も「なら、もっと上にいかないとな」と笑って返してくれた。
そんな友人に向かって、幸せになりつつあることを妬んで突き放した。
「……私なんて、死んでしまえばいいのに」
小さく吐き出された言葉は路地裏の闇に吸い込まれて、心が凍てつくような静寂の中に消える。
妹を失い。仲間も失い。残ったのは愚かで浅ましい自分だけ。
生きているだけ無駄だと思いながらも、どこかで希望を信じている。それがまた醜くて自分の喉を無性に掻きむしりたくなる。
「――死にたいのか?」
ビクリと、シオンの肩が撥ねる。
独り言として口にした自分の声に反応する人物がいるなんて想定していなかったのだ。
路地裏の奥からコツコツと靴の音が近づいてくる。
「何者ですか?」
「そう敵意を向けなくてもいいじゃないか」
戯けるように言葉を返され、シオンは魔法の準備をする。
誰だかわからないが、まともな雰囲気ではない。
最近は王都も治安が悪い。もしもよくないことを企んでいる人間であればここで拘束してしまおう。
魔法陣を展開して、いつでも攻防どちらにも転じることができるようにする。
いつでも来い。そう思って前方を注視するシオンだが、その頬には少しずつ汗が流れ始めていた。
体の力が思わず抜けて、展開した魔法が解かれる。シオンは目を見開いて口を開く。
「ま、まさか……そんな」
徐々に全容が露わになる人物を認識したシオンは、もはや戦う意思を失って佇むことしかできなかった。
「久しぶり、シオン姉さん」
青い髪。青い髪。白い肌は艶やかに、華奢な腕は後ろに組んで。
大きなハットを被って柔らかく微笑むその姿は間違いなく、自分の妹――
「タウ、リア……?」
「そうだよ、シオン姉さん。私はあなたの妹、タウリア・ターコイズだ」
タウリアと名乗った少女はシオンの記憶の中の、小さな少女の笑顔と同じ笑みを浮かべた。
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