第55話 人助け
アルテナと共に冒険者ギルドを後にしてから住民区画を抜けて、王都の通りに戻ってきた。
オリアナと合流しておきたいところだが、今頃どこにいるのかもわからない。一旦宿に帰って待つのが無難だろう。
俺は横を歩くアルテナに目を向ける。
「まだ日没には早いが、どうする?」
「どうする、とは?」
小首を傾げて問い返してくるアルテナ。
俺は返答に困る。
出会ってから一月程度の関係。それでも俺はアルテナを大切な仲間と認識していた。
一月前まで人間不信になっていたのが嘘のようだ。まあ医療協会で中毒の治療と精神の治療を受けたのも関係しているのかもしれないが。
とは言ってもやっぱり気恥ずかしさはある。
昔のように能天気でもいられない。
仲間には笑顔でいて欲しいが、露骨に王都観光なんて提案して気を遣っていると思われるのはキツいものがある。
俺は視線を他所へ向けながら、頭をガシガシと掻く。
「あー……オリアナを探すついでに、適当にふらふらするかって話だ」
「なるほど。確かにオリアナさんの所在は気になりますね。シオンさんともきちんと話し合いたいですし」
シオンの名前が出て、俺は僅かに身を固める。
彼女の生い立ちは貴族出身のオリアナとは別の角度で複雑だ。
シオンに限って俺に惚れているということもないだろうし、オリアナのように初っ端からキレては来ないだろうが……。
俺の姿を認めた途端に逃げ出したところを見るに、シオンは俺を良くは思っていないだろう。
それでも、昔のようにはならずとも。
また肩を並べて歩むことができるのなら、俺は全力でシオンと向き合いたい。
「好機、か」
「はい」
俺は王都に来てから、失ったものを一つ一つ取り戻す旅をしているような気がしている。
目の眩む宝石のようなそれを握りしめるたびに、酒を飲んでも埋まらなかった空虚が満たされる。
俺にとって一番大切なものは仲間なのだと、心の底から実感する。
「――あ、」
「どうした?」
ピタリと足を止めたアルテナを不審に思い、顔を回す。
「クリスさん、前」
まえ?
静かに指差すアルテナの示す先を目で追う。
すると俺の足元、あと数歩もすれば衝突していただろう距離に倒れた人間を見つけた。
「うわ!」
驚いて後ずさる。
思考に夢中で気にも止めていなかった。
アルテナが止まっていなければ蹴飛ばしていただろう。
人の行き交う王都の道で大胆に横になるとはどんな人間かと思えば、小さな女の子だった。
通行人たちは問題事に関わりたくないのか、少女を横目に道を過ぎ去るばかり。流石に通報くらいはしていると思いたいが、見つけてしまった手前無視するわけにもいかない。
「……生きてるか?」
渋々と近づき、しゃがんで生死確認。
完全にうつ伏せで倒れているせいで呼吸を確かめ辛い。
仕方がないので体を持ち上げようと手を伸ばすと同時に、少女はガバッと勢いよく顔を上げる。
「賑わいは人の心を狭くするが、王都の連中は筋金入りだな。お前がくるまでに何人が儂を捨て置いたか教えてやろうか?」
「は、はあ?」
生きていた。
いやそんなことはどうでもいい。
てっきり何か生命に関わる問題で倒れているのかと思ったが、見たところ何事もない様子だ。
目に光が宿っていないのはおそらく別の理由だろう。
起き上がったと思ったらその場で胡座を描き始める少女に呆気に取られていると、少女は頬杖をついて口を開く。
「お前ら、儂に恩を売る気はないか?」
「恩?」
俺とアルテナが同時に答えて首を捻る。
「なに単純だ。儂は三日三晩なにも口に入れていない。その程度で死ぬような体ではないが、そろそろ味覚に刺激が欲しいところ。つまり、飯を振る舞ってくれ」
「なんだ、ただの乞食か」
「言い方に気をつけろ。これは取引だ。儂に恩を売れるなんてそうそうにないぞ? 悪い話ではないと思うがな」
我の強い娘だ。
身に纏う旅人用の装束からは判断できないが、もしかしたら貴族の血筋かもしれない。遠い領地から親と共に王都にきたか。
とはいえ一人でこんな場所で倒れていたとなると、ちょっと面倒だ。貴族は厄介事しか招かないからな。
「断る。歩けるなら自分の足で店にいけ」
俺は突っぱねて立ち上がる。
いまだ頬杖をついたままの少女は俺を見上げたまま黙り込む。
「見たところ私よりも若そうですし、空腹に苦しんでいるのなら放っておけません。クリスさん、食事くらいはいいのでは?」
こちらに歩いてきたアルテナが言う。
「いやしかしなあ」
「人を助けて悪いことはありません」
「そうだが……」
もしも貴族なら色々とこじれる。
俺は最上級冒険者とはいえ平民だ。身分的には弱者に位置する。
もちろん実力はギルドが保証しているから下手なことはされないが、相手が腹黒い貴族なら裏から根回ししてあらぬ罪を被せられることだってあり得る。
冒険者と貴族の対立構造は昔からありふれている。腕力と権力は水と油だ。
元貴族のオリアナが生の事情を聞かせてくれたということもあって、俺は余計に警戒している。
「ふむ、なるほどな」
俺が考えあぐねていると、少女が小さく呟いた。
改めて少女を見る。
細い輪郭は整って美しい。白い肌も相まってまるで人形染みた容貌だが、対して髪は癖がありいささか煩雑さを感じる。それが彼女を生きた人なのだと証明しているようだ。
栗色の前髪から覗く白銀色の瞳は見た目とは裏腹に成熟した理性を宿し、まるでこちらの全てを見透かされているような錯覚に陥る。
「どうした? まさか儂に惚れたか?」
「アホか。……ったく、わかったよ。飯くらい奢ってやる」
ニヤニヤとこちらを見上げる少女に、俺は降参のポーズを見せる。
俺としては正直どちらでもいい。今は冒険者ギルドの後ろ盾もあるしな。
もしも少女が貴族ならグランの爺さんに小言を言われるくらいの覚悟はしなくちゃいけないが、せっかくの仲間の提案を無碍にする事に比べれば些事だ。
「そこの酒屋でいいか」
「どこでも構わん。酒があればな」
ピョンと跳ねて立ち上がる少女。
やっぱり元気じゃないか。
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