第54話 帰り道(リトア)

 見た目ほど強くはないことがわかってしまったので、ガラクタ同然のゴーレムはさっさと片付けてしまった。

 徒手の範囲攻撃としてちょうどいい技が私にはなかったから、知り合いのものを真似させてもらったけれど……慣れないことはするものではない。

 強引に再現した右足がズキズキと痛む。骨にヒビが入っていないといいのだけれど。


 腕慣らしも終わった。

 少し物足りない気もするけれど、もはや練習台もない。

 私は踵を返して地上へ戻ろうと視線を回す。


「あら」


 視界の隅で一輪の花を認めた。

 よく見てみると、珍しい種類だとわかる。


「ゲルベリア。私の魔力に当てられて開花したのかしら」


 先ほどまでは見なかった。

 私は歩み寄ってその花に触れる。

 花弁から生成される青白い光沢が小さな粒となって宙を漂う様は、面妖でいてとても美しい。


「あ、そ、それ!」


 焦ったような声で金髪が私を呼び止めた。

 なにかと思って振り返って見ると、跪いてこちらに腕を伸ばしている。


「その花、ゲルベリア! わ、悪いんだけど……それを私に譲ってくれないか」


 懇願するような瞳で訴えてくる金髪。


「……なるほどね」


 金髪の目的がわかった。

 地底系の迷宮にごく稀に自生する魔草、ゲルベリアを求めていたのだ。

 ゲルベリアは煎じて飲めば病魔を打ち消す効能を発揮する。医療系の売店ではそれなりに高値で取引されている。


「私の知り合いが困ってるんだ! だからその魔草がどうしても必要で!」


 金髪はこちらに這いずってくるような勢いで理由を話してくる。


「別に、私には必要のないものだから好きにするといいわ」


「本当か!? あ、ありがとう姉ちゃん!」


 瞳を輝かせてニコリと笑う金髪。

 自分が身動きもできないほど身体的に追い詰められていることを理解しているのかしら。


 子どもは苦手だ。

 無垢な子どもはもっと苦手。

 こちらの懐に無闇に踏み込んできて、好き勝手に荒らしていく天災だ。


 冒険者どもとの約束も果たしたし、もうここに用はない。

 私はさっさと出口に進む。


「あ! あと……その」


「今度はなに?」


 再び呼び止められ、苛立ち紛れに問う。

 金髪は満面の笑みを浮かべていたと思ったら、次は困ったようにはにかんで、


「動けないから、その……おぶってほしい」






 なにをしているのかしら、私は。


「助かったよ、姉ちゃん」


「その呼び方やめなさい。私はあなたの姉じゃないわ」


「じゃあ名前を教えてくれよ」


「嫌よ」


 「えー」と後頭部からゴネる声がする。

 なんで私はこんな小娘を背負っているのだろうか。

 神に拝むように助けを求められて、仕方なく言うことを聞いてあげたけれど。

 しょうじき失敗だったと言う他ない。


「じゃあ姉ちゃんって呼ぶ」


「……はあ、好きにすればいいわ」


 なにか気に入られることでもしただろうか。

 さっきは目を合わせただけで怯えていたというのに。

 私の首に腕を回して大事そうにゲルベリアを握る金髪は、無遠慮に体重をこちらに預けてくる。


「姉ちゃんには色々と助けられたからな。恩返しがしたい」


「結構よ」


「そんなこと言うなって! なあ、姉ちゃんクハナに住んでるのか?」


「いいえ」


「じゃあ旅の途中か。私も宿に泊まってるんだ」


「そう」


 あまり馴れ馴れしくされても困る。

 適当な返事をしているのに、まったく堪える様子もなく金髪は続ける。


「明日さ、暇だったらまた会えないか?」


「どうしてよ」


「私しばらくクハナにいるんだけど、退屈でさー。姉ちゃんも暇なら話し相手になってくれよ」


「忙しいから無理ね」


「即答!? 絶対うそだろ!」


「鬱陶しいわねこの小娘……投げ捨てようかしら」


「聞こえてんぞー!」


 グラグラと上体を揺らして抗議してくる金髪。

 いちいち子どもの癇癪に腹を立てるほど狭量な懐ではないつもりだけれど、この後も関わるつもりは毛頭ない。

 私は溜息をついて精神を落ち着かせ、心を無にする。


「姉ちゃんさ。花、好きだろ」


「……どうしてそう思うのかしら」


 急にテンションを一段下げて問うてきたので、逆に返して意図を探る。

 金髪は私の目の前にゲルベリアを持ってくる。


「これだよ。加工済みの薬ならわかるけど、花弁を一目見ただけで名前が出るなんて凄いことだ」


「たまたま知っていただけよ」


「そうか?

 ちなみにこの花、別名では白雪草って呼ばれてるんだ。知ってたか?」


 試すような声音で問われ、私は少しだけ逡巡する。

 別に答えなくてもいい。知らないと言えばこの話は終わるだろう。

 けれど、そう答えたら答えたで、この子どもは上機嫌で上から語ってきそうだ。


 私は負けず嫌いだから、素直に答える意外に選択はなかった。


「深層迷宮の地底エリアで群生している様が、雪景色のように見えたためね。

 目撃現場は疎らだし必ず群生しているわけでもないから、一部の人間は血眼になって探し回っていると聞いたわ」


「なんだ知ってんのかよ」


「たまたまよ」


「いやいいってそういうの。やっぱり詳しいじゃん。花の話しようぜ。私、花に関しては誰にも負けない自信がある」


 ふふんと自慢げに語る金髪。強い鼻息が後頭部にかかる。


「興味ないわ。別の人と話しなさい」


「なんだよ。知識で負けるのが怖いのか? 確かに姉ちゃんは強いけど、趣味の分野では大したことないんだな」


「なんですって?」


「え?」


 ピタリと足を止めて、金髪に向き変える。


「花の知識で私があなたに負けるとでも?」


「お、おう……私はこれでもかなり詳しいからな」


「小娘が。絵本で学んだ児童向けの浅い知識を少し蓄えたくらいで悦に入っているのかしら」


「なんだと! 私が読んでるのは専門書だよ専門書!」


「紙の情報だけで全てを知った気になっているの? 滑稽ね」


「そ、それは……でも、それでも私は負けない。それにいつかは……」


 私の半分程度しか生きていないような娘が、知識比べで私に勝つつもりか。

 紙媒体で得られる知識なんてたかがしれている。生きた知識とは実際に触れて、己の目で確かめなければ得られない。

 なにより情報とは常に更新されるもの。かつての事象が記された専門書にばかり頼っていては、新たな発見を見逃してしまう。


 いかなる分野であっても、私の上を取れるだのという妄言は許容できない。


「いいわ。明日、会ってあげる。あなたに本物の知識というものを教えてあげるわ。私が勝ったらあなたには〝ハイレシア〟を食べてもらうから」


「それ毒花じゃん!?」


「うるさいわね。それで時間と場所は?」


「あ、ああ……昼過ぎでいいか? 場所は、そっちの都合に合わせるけど」


「だったら廃棄場にきなさい。私は一日中そこにいるから」


「なんで廃棄場? ってわかったよ。そんなに睨まないでくれよ」


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