第53話 あっという間の出来事(三人称)
凄まじい光景だった。
数えることすら億劫になるゴーレムたちが次々に倒される様にジェシカはただ感嘆する。
まるで踊るように空間を舞う眼帯の女は、両脚に黒い光を湛えている。
恐らくは自分の速力ブーストと同じ原理を用いているのだろうとジェシカは予想する。
速力は自分と同等か。しかしその火力はジェシカのものとはまるで違う。
女が触れただけでゴーレムは粉々になる。足だろうが手だろうが、それ以外でも関係ない。
いったい何の職業なのか、ジェシカにはまるで検討がつかなかった。
あっという間に広間のゴーレムの半数を残滅した女は、目まぐるしく動いているというのに涼しい顔をしている。
何もかもが自分とは格が違うと思う反面、レイン・マグヌスのような理不尽さは感じない。ジェシカにとってどこか親しみのある強さだった。
糸が切れたように地面に座り込んだジェシカは女の戦いを眺めていたが、ふと足を止めた女の背後から巨躯のゴーレムが攻撃を仕掛けているところを目撃する。
ジェシカは咄嗟に叫ぶ。
「姉ちゃん、後ろ!」
「あなた、誰に向かって――」
鬱陶しそうにジェシカに目を向ける女。
その背後からゴーレムの巨腕が対象を圧殺する勢いで襲い来る。
女は少しだけ驚いた様子で目を開くと、途端に冷めた目つきでゴーレムに振り向く。
「なにしてるんだ、避けろよ!」
しかし女は回避をする素振りがない。
まさか、動揺して動けないわけじゃあるまい。
そう思いたかったが、ゴーレムを見上げたまま一向に動く気配のない女にそのまさかなのではないかとジェシカは冷や汗を流した。
タックルでもかまして助けたいのは山々だが、一度脱力した自分の足では当分立てそうにはない。
ジェシカはどうにもできず、女がゴーレムの拳に叩き潰される様を眺めることしかできなかった。
バギャン! という凄まじい音と共に空間が揺れる。
しばらく続いた地響きと、目を覆いたくなるような土煙。
「姉ちゃん!」
だめだ。
軽々しく粉砕していたとはいえ、あんな質量の塊をまともに受ければタダでは済まないだろう。
せっかくの命の恩人がこんなにあっさり死んでしまうのかと、ジェシカは俯いて絶望する。
「――まったく、殴った方が粉々になってどうするのよ」
え?
と、ジェシカは思わず顔を上げる。
その視線の先には、ピクリとも動じていない女の姿があった。
攻撃したはずのゴーレムは手首から先が失われ、女の周囲に魔鉱石が散らかっている。
「……ってはぁ!?」
間抜けな声が出た。
受けたのか、あの攻撃を。防御もせずに。単なるフィジカルで。
攻撃よりも砂埃の方が面倒だとでも言いたげに手で顔元を払う女は、大きな嘆息と共に肩を下げる。
「つまらないわねえ……。発想はいいけれど、環境がこれでは宝の持ち腐れよ」
心底辟易とした口調で言うや否や、女は腰を落として構える。
「『
何かを唱えた。
それだけはジェシカにもわかった。
次の瞬間、ゴーレムの体が傾く。いつの間にか両足が切断されていた。
「あれ」
そこでジェシカは気づく。
――女の姿が見えない。
どこにいったのだろう。
そんなことを思っていると、ドッという音と共にゴーレムの胴体が二つに裂けてしまう。
奇妙な光景だ。
まるで見えない何かに全方位から攻撃を受けているように、巨躯のゴーレムとその周囲にいるゴーレムたちが刻まれていく。
文字通りバラバラになった岩の塊が夥しく地面に転がり、巨躯のゴーレムすらもその他の礫と同じ大きさにされる。
なにが起きているのか理解できないジェシカはぐるぐると頭を回してその異常な光景を傍観していた。
しばらくすると、フッとジェシカの目の前に女が現れる。
「うわ!」
驚いて声を上げるジェシカだが、女は気にもせずに黙ったまま。
何かを待つように佇む女。
ジェシカはその意図を悟り、辺りを見渡す。
原型を取り戻そうと無数の魔鉱石が光を放ち始める。
そう、この瞬間こそがゴーレムの弱点。
再び女が姿を消す。
ダンッという激しい音がジェシカの鼓膜を叩く。
ようやく理解できた。
女の動きが早すぎて、自分の目で捉え切れないのだ。
それなりに走力に自信のあったジェシカでさえも相手にならないほどのスピードは、もはや肉眼で追うことは人間の能力的に不可能だった。
台風にも見紛う暴風が吹き荒れ、輝く魔鉱石が上空に打ち上がる。
同時に地面を砕いて着地した女は、右足に黒い光を纏って狂気的な笑みを浮かべる。
「『
女が足を横に蹴りつけて回転する。
すると、黒い風が見える質量として現れ、四つに分裂して空に浮かんだ魔鉱石を巻き込んでいく。
風が全ての魔鉱石を飲み込むと周囲を回りながらやがて一体となり、巻き込んだもの全てを跡形もなく粉砕する。
ようやく収まった頃にはもはや何も残されてはおらず、ゴーレムのいた痕跡は荒涼とした地面だけ。
違和感を確かめるようにつま先を地面にトントンと叩く女は、どこか達観した様子で口を開く。
「やっぱりヒト真似じゃこの程度が限界ね。相性いいからもっと威力を出せると思ったのだけれど……」
まるで日常の一幕かのような温度差に、ジェシカはポカンとすることしかできなかった。
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