第52話 圧倒的な蹂躙(リトア)

 五人組の冒険者を置いて道を進むこと十数分。

 ようやく最奥と思われる開けた空間を視界の先に見つけた。

 思いのほかに長い道のりだった。


「すでに決着していなければいいのだけれど」


 これでゴーレムも金髪も満身創痍なんてことになっていたら、肩透かしもいいところだ。

 はやる気持ちを抑えて、私は普段よりも少しだけ足早に歩く。


 広間の入り口に立つと、初めに目に飛び込んできたのは数えきれないほどのゴーレムの大群だった。

 これまでにも何度か地底の迷宮には潜ったことがあるけれど、ここまでの数のゴーレムは見たことがない。

 ゴーレムは魔鉱石から発生するとはいえ、全ての魔鉱石がそうなるわけではない。十個あれば一個なるか、ならないか、という頻度だ。

 目測でも百に届き得る数のゴーレムなんて、普通の迷宮では絶対にありえない。


 このゴーレムの大群は十中八九、人為的な現象だ。

 誰がなんの目的で寄せ集めたのかは知らないし、知りたいとも思わない。

 私にとって重要なのは、腕慣らしができる程度の相手であるかだけ。

 そしてその望みは恐らく叶うだろう。

 無数のゴーレムの中で一際大きく、存在を強く主張してくるあの巨体。巨人型とでも呼ぼうか。

 クハナごときの迷宮ではお目にかかれない代物だ。間違いなく最上級指定レベルの大物。


「あら? 聞いた通り面白いオモチャがあるわね」


 昂る気持ちのままに言葉を放ち、私はいよいよ広間へと踏み込む。

 その瞬間、気持ち悪く蠢いていたゴーレムたちが急停止する。

 空気中の魔力の乱れで敵を判別するゴーレムの性質だろう。私の職業、強大な『魔の力』を感知したのだ。


 ギロリと一斉にこちらを見やるゴーレムども。

 気分がいい。

 こちらがわざわざ気を引かずとも、戦うべき相手を心得ている。


 ふと、視線の隅で人間の姿を見つける。

 綺麗な金髪を短く切り揃えた、赤い瞳の少女だ。歳の程はアルテナとそう変わらないだろう。

 目立った傷は見受けられないけれど、すでに限界に近いことは容易にわかる。


 なぜか目を見開いてこちらを見ている金髪と一瞬だけ視線が交わる。

 ビクリと怯えた様子で肩を震わせた。

 失敬な。

 特別敵意を向けたわけでもないというのに、ずいぶんと怯えられたものだ。


 どうやら冒険者どもの思惑は上手くいったらしい。

 金髪側の明らかな劣勢。

 一度口にした手前、自分で決めたルールを曲げるのも気分が悪い。

 私は標的をゴーレムのみに絞る。


 たまたま近くにいた個体に片手でそっと触れて、わずかに力を込める。

 それだけで岩の塊は粉々に吹き飛ぶ。

 胴体に隠れていた魔鉱石を掴み取って、指先で挟んで砕く。


「脆くて弱い」


 ゴーレムは素材となる物質によって硬度が変わる。

 この迷宮は変哲のない地下空洞のため、特別な素材は含まれていなかった。


「さて、腕慣らしといきましょうか」


 私はデフォルトの〝防御状態ディフェンスモード〟を維持しつつ、脚に闇の力を集中して地面を蹴る。

 手近なゴーレムに接近して後ろ蹴りを見舞うと、感触もないほど容易く弾け飛ぶ。魔鉱石も一緒に跡形もなくなった。


「次よ」


 勢いを緩めることなくゴーレムを粉砕していく。

 隻眼の視界では、手足の距離感覚が以前と少しだけ異なる。

 普段の生活なら問題はないけれど、戦闘となると一ミリの誤差が命取りになる。


 手刀で砕き、肘で砕き、蹴りで砕き……私は徐々に以前のキレを取り戻す。


 目的はあくまでクリス・アルバート戦に備えての感覚調整。

 もちろん負けるつもりは毛頭ない。

 ただ、先日の戦いが自分の実力と勘違いされるのは腹立たしい。

 オリアナ・エルフィートやグラン・アーガスの加勢、アルテの裏切り。そして私自身のクリス・アルバートへの慢心が原因の痛み分けだ。


 認めなければいけないことは、敵の潜在能力。

 職業の本質も十全に理解せず、あまつさえ『詠唱トリガー』もなく私の必殺を打ち破った。

 あの男が順当に成長すれば、それこそ慢心を捨てた私でも手に負えなくなる可能性が否めない。つくづくムカつくけれど。


 言い訳はいらない。

 私が求めるのは満場一致の完全勝利。

 敵の全力を余りある力で叩き潰す。それこそが私の戦いかた。

 誰も私の上には立たせない。


 もう五十体ほどは屠っただろうか。

 多少はゴミ掃除ができた気がする。


「姉ちゃん、後ろ!」


 突然、座り込んで黙りこくっていた金髪が私を呼んだ。


「姉ちゃん? あなた誰に――」


 直後に私の周辺が暗くなる。

 なんだか前に見た光景だと思いながら振り向くと、メインディッシュとして残していた巨人型のゴーレムが隻腕を振り上げていた。


 圧巻的な質量が容赦なく私を押し潰さんと迫る。

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