第51話 道中の出会い(リトア)
久しぶりに胸が昂る。
道を進めば進むほどに数を増す、ゴーレムの残骸。
クハナの迷宮でこれだけの数のゴーレムが湧いているのは少しだけ疑問だけれど、それ以上にこのゴミ山を築いた人間に興味がそそられて仕方なかった。
まったく無駄のない所作。
加えてほとんど間を置かずに処理しているところを見るに、相当な素早さだ。
速度であれば私といい勝負をするんじゃないかしら。それでも私の方が速いでしょうけれど。
ゴーレムを屠った人間はよほど急いでいるらしい。
いつまで歩いても姿が見えない。
いったいどこまで駆け抜けたのか。
どの道、このまま進んでいれば巡り会える。
もはや私は魔物など眼中になかった。
弱腰の弱者は歯応えがなくて嫌いだけれど、実力者なら臆病者でもそれなりに楽しめる。
鬼ごっこも含めての戦闘。逃げ場を失い八方塞がりになった時、自負を持つ人間は決死を抱いて向かってくる瞬間が必ずあるのだから。
無意識に笑みを浮かべてしまっていることに気がつく。
あらはしたない。
もっと落ち着き払っていきましょう。あまりがっつくのは品がなくて嫌ね。
そうしてしばらく歩いていると、前方から人影がチラホラと見えてくる。
「……違うわね」
目的の獲物かと期待したが、距離が縮むことで見えたその姿に肩を落とす。
五人組の冒険者だった。
一人はなぜか意識を失っているようだけれど。
向こうもこちらに気づいたようで、声をかけてくる。
「あ、あんた、一人か?」
「ええ」
「冒険者ランクを教えてくれないか?」
「どうしてかしら」
「それは……」
先頭に立って話しかけてきた冒険者の男は言い淀んで目を逸らす。
こちらとしては答えたくない質問だ。
私は初級冒険者で、本来は迷宮に入ることは禁じられている。
加えてギルド本部を襲ったお尋ね者でもある。そもそも私の冒険者ライセンスが生きているのかも怪しい。
「実はこの道の向こう……最奥の間で信じられんほど巨大なゴーレムがいてな」
「巨大? それってどれくらい?」
明らかに中級の冒険者なんて襲ってもつまらない。
適当に話を合わせて先に進もうと思っていたが、面白そうなワードが出たので質問してみた。
「とんでもないほどだ。片手で俺たち全員を潰せるだろう」
「そんなに」
わざとらしく驚いた顔を作る。
とはいえ、半分は本音だ。そこまで巨大なゴーレムは見たこともない。
男の口にしていることが本当であるなら少しだけ興味がある。
「ああ。俺たちのパーティーは壊滅寸前だった。仲間も一人倒れてどうしようもない状況だった。そんな時に、金髪の嬢ちゃんが加勢してくれてな。目にも留まらない速さでゴーレムを砕いたんだ」
金髪。
おそらく私が追っている人間だろう。
そう、娘なのね。
いつまでも会えないと思ったら、とっくに最奥まで辿り着いていたなんて。相当な脚ね。
「嬢ちゃんは間違いなく強い。俺たちよりもはるかに。でもあの数のゴーレムだ……万が一、嬢ちゃんが死んだりしたら俺は悔やんでも悔やみきれない」
「そう」
「だから、」
「だから、その足手纏いを持って出口に向かってくれとでも?」
担がれた冒険者を見て問いかけると、男は目を見開いて口を閉ざす。
「あなた達みたいな雑魚がいくら集まっても無駄よ。
一度逃れた死地に舞い戻って自殺したいなら止めないけれど、そんなくだらない茶番に私を巻き込まないでちょうだい」
思ったことをありのままに伝える。
すると男の背後にいた冒険者が顔を真っ赤にして食ってかかる。
「お前! 言って良いことと悪いことがあるだろうが!」
「待て、やめろ。彼女の言うことは事実だ。確かに俺たちが戻ったところで足手纏いが増えるだけ。嬢ちゃんの足を引っ張ることしかできない」
吠える子犬を手で諌め、男は至って冷静な顔で頭を下げてくる。
「頼む。嬢ちゃんに加勢してくれないか」
「あら、こんな幼気な女性に向かって言うことかしら。恥知らずね」
身勝手に頼み事をしてくる男を見下し、私は笑みを浮かべる。
弱者は本当に無様だ。
見知らぬ他人に頭を下げて、相手がどんな人間かも知らずに救いを求める。
私がどれだけ人の命を奪ってきたかなんて、考えもしない。
「違うな」
「なにが?」
「あんたは強い」
確信めいた男の言葉に目を眇める。
「あんた、いま退屈だって思ってるだろ。俺との会話をさっさと切り上げて、最奥まで向かいたいと」
「……ふーん」
顔を上げて私と視線を合わせる男は、凪いだ目をしていた。
面白い人間。
ただの中級冒険者だと思っていたけれど、どうやら他の四人と違って場数を経験しているようだ。もしかしたら彼は上級かもしれない。
「あんたがどんな人間かなんてこの際どうでもいい。強いやつと戦いたいって言うなら、嬢ちゃんじゃなくてゴーレムをやってくれ」
「ゴーレムをやった後にその金髪と戦うわ」
「そうしたら、俺たちが嬢ちゃんに加勢する」
「なら、ここで全員殺す」
そう言うや否や、男の後ろに立つ冒険者たちが臨戦態勢になる。
面白くて笑ってしまう。ちょっとからかってみただけだというのに。
そんな中、一人だけ戦う意思を見せなかった男が私に言葉を投げてくる。
「雑魚を相手にして楽しむタマか?」
「…………」
知ったような口を聞く男を睨む。
思い出す。あの男――クリス・アルバートの言葉。
『自分より弱いやつにしか威張れない臆病者』
途端に腹の底から煮えたぎるような怒りが湧き上がる。
言わせておけばと、記憶の中のクリス・アルバートを八つ裂きにする。
私の殺意に当てられた冒険者どもが硬直して頬から汗を流しているが、他人に配慮するほど私は優しい人間ではない。
「……ええ、そうね。雑魚を嬲ったところでストレスの発散にもなりはしない。脆すぎて手応えすら感じないもの」
「だ、だったら」
「いいわよ、加勢してあげる。ただし、私は劣勢な側に付く」
「それはどういう……」
少しばかり怯えた様子の男が控えめに聞いてくる。
経験豊富とはいえこんなものか。やはり味気ない。
「金髪が優勢ならゴーレムと一緒に金髪を潰す。ゴーレムが優勢なら特別に金髪を守ってあげる。邪魔なら意識を奪うくらいはやるけれど……殺しはしないと約束するわ」
これで話はおしまいね。
私は歩いて男の横を通り過ぎる。
「ま、待て、それは!」
「これ以上私の時間を奪うなら容赦はしない。つまらない人間を好んで殺す趣味はないけれど、障害物を掃除するくらいはやるわ」
振り向いて、怒りではない純粋な殺意を込めて男を見る。
それだけでヘビに睨まれたように固まる有象無象を今度こそ意識の外へ追いやり、私は最奥へ向かう。
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