第56話 親愛なる尋ね人

「いやー堪能した! 感謝するぞ、小僧」


「小僧って……お前いくつだよ」


 臆面もなく酒を煽る少女に、俺とアルテナは顔を引き攣らせる。

 幾重にも重なった皿。そのほとんどが少女のもので、なんなら店のつまみを一通り食べ尽くしたのではないかとすら思える量だ。


 この女、遠慮という言葉を知らないらしい。


「女に気安く年齢を尋ねるとはマナーのない男だな」


「そいつは失礼。育ちが悪いもんで」


「風袋を見ればわかる」


「誰が老け顔だって?」


「クリスさん、誰も老け顔とは言っていませんよ」


 仕返しのつもりで嫌味を投げるも、あっさりと流されてしまった。

 何を言っても飄々といなす。まるで年下とは思えない。

 俺の苦手なタイプだ。これ以上つつくとこちらが痛い目を見そうだから、さっさと話題を変更する。


「で、お前は結局なんであんな場所で倒れてたんだ?」


「なに、大した話でもない。ちと身内を訪ねに王都に出向いただけだ。ただ儂の住む場所からとなるとなかなか遠くてな。徒歩で三日もかかってしまった。

 肝心のヤツもちょうど不在ときて、金もないから道で惰眠を貪っていたんだ」


「色々突っ込みたいところだが。とりあえず、馬車って知ってるか?」


「あれは好かん。儂の脚より遅いものに乗るのはどうも調子が狂う」


 馬の走力よりも上ということは、やはり普通の人間ではない。

 恩恵を持っていることは間違いないだろう。

 少女の話が本当であれば、貴族という線は希薄になる。こんな大雑把に生きている人間がどこかの令嬢であるはずもないからな。


 俺が顎に手を当てて考えていると、アルテナが口を開く。


「身内というのは、近いうちに帰ってくる予定なんですか?」


 聞くや否や、あからさまに顔をしかめるとフンと鼻を鳴らして頬杖をつく。


「まあそろそろ戻るとは思うがな」


「怒ってんのか?」


「別に怒っとらん。すぐに戻ると抜かしておきながらもう一月も顔を見せん甲斐性なしなど儂は知らん」


 どう見ても怒っている様子に、俺とアルテナは黙ることが最善と判断する。


「あのバカのことはいい。生きていればいずれ会えるしな。それよりも儂は個人的にお前に興味がある」


「俺に? またどうして」


「儂は人を見る“眼”に自信があってな。

 お前は相当な素質だ。磨けば光る宝石はいくつも見てきたが、天然の珠玉は珍しい。お前の出生は英雄の所縁か?」


「俺の何を見てそう判断したのかは知らんが、残念ながら俺の親も祖父母も田舎の一般人だぞ。地面で寝てたから審美眼が汚れたんじゃないか?」


「ほお、結構な挑発だ。しかし妙だな。儂の眼が狂うことなど滅多にないのだが……」


「百発百中ってわけでもないんだろ。まあ職業柄大物に見られることはよくある。感覚が優れる奴は特に、俺の力に敏感だ」


「力……?」


 少女が首を傾げて俺を見つめてくる。

 聖剣士の神聖は魔力とは異なる。不浄を祓い魔を滅する光の力だ。

 普通の人間が身に宿しているようなものではないから、鋭い奴は何かを感じ取ったりすることもある。

 感じ方は様々だ。後光が見えたり、声が反響して聞こえたり、ある種のカリスマとして周囲を惹きつけることもある。


 とはいえ聖剣士の力を初見で感じられるような人間は滅多にいない。

 少女が稀な例という可能性もあるが、なにかを察知したところで得られるものなんて何もない。


「たしかに、お前の力は特別だ。世界に愛されているようだな」


「なんだよ。世界に愛されてたら人生失敗したりはしねえ」


 俺が返すと、少女は頬杖をついたまま「惜しいな」と呟いた。

 なにが惜しいのか、そう聞こうとした時。アルテナが横から割って入ってくる。


「クリスさん。日が暮れてきました。そろそろ……」


「ん、ああ」


 窓の外を見ると、もう空は茜色だった。

 随分と長い時間を酒屋で過ごしていたらしい。それもこれも目の前の少女が悪いのだが。


「行くか。ならば改めて礼を言おう。この恩は必ず返すと約束する」


「へいへい、期待せずに待ってるよ」


 ない胸を張って告げる少女を軽くあしらって席を立つ。


「そういえば。おまえ、名前は?」


「おおそうだな、忘れていた。儂はシェール・ディンブルだ。シェールと呼べ」


「そうか。俺はクリスだ」


「クリスか。……ふん、そうか。覚えたぞ」


「私はアルテナです。シェールさん」


「アルテナ。記憶にない名前だな」


「初対面なので」


「それもそうか」


 なんだこいつら天然か?

 アルテナとシェールの謎の会話を聞き流し、俺は支払いを済ませる。

 もちろん身銭なんて持っていないからギルドのツケにする。利用できる権利は擦り切れるまで使うのが俺のモットーだ。


「ではな。近いうちにまた会おう」


 そう言い捨て、シェールはその場を後にした。


「名前、言ってもよかったんですか?」


「苗字までは言ってないからセーフだろ。クリスなんて名前、王都には五万といるしな」


 シェールの小さな背中を見送ってから、俺はアルテナに目を向ける。


「帰るか」


「はい、帰りましょう」

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