第45話 無理矢理な潜入(三人称)

 ジェシカはクハナの一般道から出て倉庫区画を歩く。

 人の喧騒がやかましいクハナといえども、この辺りは商店などもないことから人の姿はあまり見ない。

 物置として機能しているらしい小さな建物が林立しているせいもあってか、どこか閑散とした雰囲気だ。


 倉庫区画には基本的に流通の関係者しか立ち入らない。

 チラホラと見える大人の顔はどれも気難しそうで、時たま耳に入る話題はジェシカにとって難解だった。


 ジェシカがこんな場違いな場所にいるのは当然、目的があってのことだ。

 クハナの迷宮は倉庫区画を抜けた先にある。

 だからこそすれ違う大人たちはジェシカに対して疑問の眼差しを向けるようなことはない。まるで当然であるかのように彼女を受け入れている。


 ジェシカが背中に携える二振りの剣が冒険者の証明なのだ。

 実力社会の冒険者業においては性別や年齢などはあまり重要視されない。

 強い者は富を得て、弱い者はいつまでも雑用紛いの仕事を与えられる。剣を携え、単独で迷宮に向かう冒険者は中級以上のベテランが常だ。


 堂々と歩いていれば誰もジェシカを訝しむことはない。


「おっと」


 目先に迷宮へと続く建物を確認したジェシカは咄嗟に物陰に身を潜める。

 王都に近いということもあって、クハナの迷宮は冒険者ギルドが管理している。となれば眼前の建物の門扉に立っている人間はギルドの職員だろう。


 世界中から冒険者たちの情報をやり取りしている冒険者ギルドの情報伝達速度は並ではない。

 その辺の冒険者ならいざ知らず、ギルド職員は誰がどれだけの情報を把握しているのか全く未知数だ。できれば顔を合わせたくはない。


「面倒だな」


 呟いて、ジェシカは物陰に紛れながら門扉に近づいていく。

 小石を拾って近くの建物をのぼり屋根から俯瞰する。

 ギルドの職員は二名。他に人はいない。迷宮とはいえクハナ程度の規模であれば得られるものもたかが知れている。

 中級程度の冒険者がチラホラと出入りするくらいで、お世辞にも賑わっているとは言えなかった。しかしそれはジェシカからすれば好都合だ。


 手に握った小石を適当な建物めがけてフルスイング。

 ギルド職員たちの意識をよそに集中させて、隙を見て迷宮に潜り込む算段だ。

 しかしジェシカの投擲は思いのほか威力が強かったようで、建物の壁にぶつけてちょっとした騒音を立てればいいところをレンガを貫いてしまう。


「げ、」


 しまった。

 ジェシカはとっさに身をかがめて息を潜める。

 とたんに建物の中から大人たちの騒がしい声が外まで響いてくる。


「な、なんだ今のは!」


「うわあああああ! 僕の最高傑作が!」


「おいたわしや! おいたわしや!」


 想定の五倍はうるさくなった。

 どうしたものかと門扉の方を伺うと、騒ぎを耳にしたギルドの職員たちが建物に向かって走り出していた。


「どうしましたか!」


「大丈夫ですか!?」


――チャンスだ。


 隙を見逃さず、ジェシカは屋根から飛び降りると滑り込むように門扉を抜けて迷宮に続く扉を開く。

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