第43話 不運な少女(三人称)

「ここで数日過ごす。各々、割り当てられた部屋で好きにしてくれ」


 長く息苦しい特急馬車の旅が一段落つき、クハナの宿で受付を済ませると、レインは番号札がついた鍵を集められた『聖剣士』一同に手渡す。

 その一つを受け取った少女、ジェシカは不満な表情を隠すこともなく鼻を鳴らす。

 彼女は自由意思なんてあったものではない『聖剣士招集会』による強制的な王都への連行に腹を立てていた。

 おまけに『聖剣士狩り』なんていう迷惑でしかない連中に、望んで手にしたわけでもない職業が原因で命を狙われているときた。一生分の不運が畳み掛けて襲ってきている気分だ。


「お腹すいたんだけど」


「好きに飲み食いするといい。全てギルド側が負担する」


「じゃあ……ん」


「……その手はなんだ?」


 無造作に差し出されたジェシカの右手を見て、レインは意図を知ってか知らずか問うてきた。


「カネだよカネ! 私大食いだから銀貨20枚くらいちょうだい」


「賃金はこちらが後で支払う。お前たちが金を持つ必要はない」


「そんなこと言ってなあなあにして、あとになってこっちに押し付けるつもりじゃねえの?」


「ありえないと断言する。ギルドの潔白は俺自身が約束し、力が許す限り証明する。お前たちは安心してこの宿で過ごしてくれ」


 きっぱりと言い返され、ジェシカは右手を下げるしかなかった。

 彼女はレインに背を向けて小さく舌打ちをする。

 実を言うとそこまで空腹ではなかった。ただ遊ぶ金が欲しかっただけだ。

 もともと期待していなかっただけに、さして悔しくはない。鬱陶しいギルド連中を騙せなかったのは少しだけ惜しいが。


「それならいいよ。寝る」


「食事はとらないのか?」


「宿の飯はマズイ!」


 反抗的に言いかえしてジェシカは部屋へと続く階段を駆け上がる。

 二人が出会ったのはほんの数日前で特別会話が多かったわけではないが、それでも苦手な人間として区分するには十分だった。


 レイン・マグヌスに対するジェシカの認識は『理不尽な正義』だ。

 『聖剣士招集会』についてジェシカを含めた他の『聖剣士』はそこまで協力的ではなかった。戦闘系特別職としての矜持だろう。集められて保護されるという状況は彼女達にしてみれば屈辱でしかない。

 それでもこうしてレインの下に纏まっているのは、抵抗しても無駄とわかったからだ。


 ジェシカは『聖剣士狩り』と遭遇した数少ない『聖剣士』だった。

 敵は青髪青目の自分より多少背が高いくらいの少女。職業は不明。見たこともない強力な魔法に手も足も出なかった。

 今でも鮮明に思い起こされる。敵の薄ら笑い。の『聖剣士』として持て囃されていた自分がゴミ同然に弄ばれた。

 自分と年齢はそう変わらないだろう相手だ。将来有望と期待されていただけに、ジェシカは天狗になっていたのだと嫌でもわからされた。

 そんな相手に対してレインは圧倒的な戦力差で勝利したのだ。歯向かったところで簡単に鎮圧されることくらい幼心でも理解できる。


 ジェシカは割り当てられた個室に飛び込むように入り、勢いに任せて扉を閉める。

 そのまま背中を扉に預け、ありふれた宿の簡素なインテリアには一切感心を示さず、床に視線を落として呟く。


「ふざけやがって……」


 なにに対しての罵倒か、ジェシカ本人にもわからなかった。

 敵に一方的にやられた自分自身か。そしてその敵を難なく屠ったレインか。きっとその両方だろう。

 ジェシカは理不尽が大嫌いだった。周囲の環境や状況、天運によって望まざる結末を押し付けられる。


 自分の人生を変えたのはいつだって理不尽だ。

 望まざる職業を手にしたことによる周囲の期待。

 知名度が上がったことによるいくつもの悲劇。

 活躍を望んだ者達からの嫉妬と畏怖。そして今度は『聖剣士狩り』だ。


 ジェシカがレインを苦手とする理由もそこにある。

 圧倒的な力による有無を言わさぬ強行。敵も味方もない。万人にとってレイン・マグヌスは絶対的な法と言ってもいいだろう。

 あそこまで強い人間をジェシカは知らない。力に関してはそれなりに憧れたりもする。だが何としてでも教えを乞いたいと思うような相手かと言えば、そうではない。人間としての相性が最悪だ。


 胸の内に渦巻く鬱憤を飲み込む日課行事を終え、ジェシカはやっと室内に目を向ける。

 特に感想はない。倒れるようにベッドに身を投げると、俯いたまま周囲の音に意識を向ける。

 至るところから聞こえる足音。誰のものか正確にわかるわけではないが、様子をうかがうには十分だ。

 廊下や下階の僅かな音が二転三転と変化した頃、ベッドから身を起こしたジェシカはそっと窓から外の景色を眺める。


「……よし」


 ジェシカの部屋は好都合なことに角部屋だった。

 通りに面していない方の窓の外に人の気配がないことを確認した彼女は、音を殺して窓を解放する。

 逃げるつもりはない。何日も狭苦しい馬車に乗せられたので気分転換も兼ねて王国の流通街を観光するだけだ。レインには外出厳禁などと言われているが、バレなければどうということはない。

 窓から飛び降りるジェシカは二階建の高さなんて意にも返さず、猫のように衝撃を殺して地面に着地する。

 周囲に視線を向けてレインやティオナがいないことを確認すると、急ぎ足で通りに出る。王国では金髪は珍しくないので人混みに紛れれば一目で判別することは難しくなる。


 流通が盛んなためか、クハナの一般区画は王都に匹敵する人だかりだった。

 人の数だけ街は発展する。通行人を飽きさせないような工夫が細部に見受けられる。

 ジェシカは北の温泉街出身のため人の群れには比較的慣れていたが、それでも王都に継ぐクハナの活気には瞠目した。気を抜いたら飲まれてしまうような生命力に圧倒される。


「すっげえ……やっぱカネもってた方がよかったな」


 立ち並ぶ商店を流し見て、ジェシカは嘆息する。

 好奇心が刺激される物が多すぎる。雑貨。服。食べ物。どれも流行の最先端だ。全く無銭というわけではないが、簡単に手を出せるほど懐が暖かいわけでもない。

 王都への招集が唐突だったということもあり、ジェシカは財産のほとんどを以前の拠点に放置してきていた。


 名残惜しく商店を見つめながら歩いていると、ジェシカは通行人と肩をぶつける。


「ってえな」


「あ、悪いな」


 歳はジェシカとそう変わらなそうな少年に睨まれ、反射的に謝る。

 少しだけ眼付けて立ち去る少年を目で追い、ジェシカは足を止める。

 別に腹を立てたわけじゃない。職業に恵まれたジェシカからすれば肩が当たった程度で痛がるわけもない。


「おい」


「……なんだよ」


「人は選べよ。同年代を狙ったって大した収穫にならないだろ」


 驚いて振り向く少年。


「観光客狙いか? やり方が小賢しいんだよ」


 ジェシカはポケットにしまわれた少年の右手を指さす。

 ギクリと顔を強張らせた少年は、次の瞬間には踵を返して猛ダッシュ。このまま逃げおおせるつもりだ。


 今度は窃盗か、とつくづくツイていない自分に嫌気がさす。

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