第42話 決着の夜(リトア)

 無数の光線に全身を拘束された私は眼前の獲物を仕留め損ね、歪みに引きずり込まれた。

 平時であれば簡単に振り払えただろう。

 しかし満身創痍の人間三人を纏めて屠るだけの余力はあっても、空間跳躍魔法を拒むだけの体力は残っていなかった。


 手を伸ばせば届きそうな視線の先で唖然とこちらを見る男――クリス・アルバートに煮えたぎるような殺意を伝え、私は暗転する感覚に身を委ねる。


 凍えるような静謐に五感が侵された刹那、足下に確かな地面の感触。

 隻眼を開いて周囲を確認すると、月明かりが射しこむレンガ造りの屋内。長いあいだ放棄されているのか、至る場所に綻びが生じている。


「――リトア」


 背後から声がかかり、私は振り向く。

 崩れた天幕から降り注ぐ光の奥、一層深い闇から青い双眸が確認できる。

 予想通りの人物を目視した私は不機嫌な顔を隠すこともなく自身を呼び出したその人物に言葉を放つ。


「タウリア。よくも邪魔をしてくれたわね。絶好の好機だったのよ。アナタが余計なことをしなければ『聖剣士』を二人も始末できた」


「それについては謝罪する。キミの実力を疑ったわけじゃないんだ。ただ、万が一にもあの場でキミが倒される可能性を回避したかった」


「らしくないわね。いつから仲間意識が芽生えたのかしら」


「仲間意識じゃないさ。共通の敵を葬るためには戦力は多い方がいい。どうやら裏切り者もいるようだしね」


 裏切り者とは間違いなくアルテナのことだろう。

 勝手に戦いを盗み見られていたことに怒りを覚えるが、ここで怒鳴っても仕方がない。

 タウリアは生来そういう人間だ。観察し、分析し、対策する。

 私からすれば邪道としか言い様のない戦略。だからこそ、私はタウリアと相性が良くない。


「それで? その共通の敵を持つアナタはどうしてこんな場所に私を連れてきたのかしら。私の敗北が心配だったら加勢すればいいでしょう?」


「それができないからこっちに運んだんだ」


「どういうことかしら」


「それは、」


 疑問に思って問うと、タウリアはゆっくりと歩き出す。

 闇に紛れたタウリアの全容が月明かりに晒された時、私は言われずとも理由を察した。


「こういうことだ」


「……なるほどね」


 鋭利な刃物で斬られたように裂けたタウリアの衣服。そこから露出した肌には夥しい生傷が刻まれている。

 流れた血が黒ずみ凝固し、見るに堪えない様相だった。


「今日の昼間のことだ。ギリギリでここに転移したけどついさっきまで意識を失っていた。とても加勢できる状態じゃなかったから、仕方なくキミをこちらに呼んだんだ。おかげで私の体力は底を尽きた」


「アナタがそこまで追い詰められるなんてね。『聖剣士』の中にもまだ実力者がいるのかしら」


「いいや。私の標的は大したことはなかったさ。別段手を焼くこともなかった」


「なら、誰に?」


「レイン・マグヌスだ。キミも名前くらい聞いたことはあるだろう」


 ピクリと眉根が上がる。

 レイン・マグヌス。知らないわけはない。『剣神の寵児』としての彼の武勇伝は、私にとって前々から興味の対象だった。

 だが今はそれ以上にその名前に過敏だった。レイン・マグヌスといえばクリス・アルバートやオリアナ・エルフィートと浅からぬ関係がある。

 なんの数奇かタウリアもまたクリスの関連で敗走を余儀なくされたらしい。

 とはいえ私は不可抗力だけれど。万が一にも敗北の可能性はなかったと私は確信している。


「ヤツの力は予想以上だった。数多の噂が偽りでないことをこの身で実感したよ。

 どうやら私達の存在を感知した王国の連中が『聖剣士』を寄せ集めているらしい。その指導者がレイン・マグヌスだ。私がアレと当たったのは不幸中の幸いだった。他では逃げることも許されなかっただろうからね」


「ふん。負けたことの言い訳に私を巻き込まないでくれる? 素直に認めなさい。己の実力不足を」


「キミはヤツの戦いを見ていないからそう言えるんだ。アレは人の領域にいない。信じられないことだが……『剣の神』は実在するらしい」


「黙れ。神だのと見えないモノに例えないでちょうだい。陳腐に聞こえるわ」


 苛立ちをそのままにタウリアへぶつける。

 私の殺気に怯んだ様子のタウリアは少しだけ瞑目すると、再び口を開く。


「近々王都で『聖剣士招集会』なるものを行うそうだ。その現場となるはずだった冒険者ギルド本部はキミが破壊してしまったようだが、おそらく招集会事態は予定通りに行われるだろう」


「『聖剣士招集会』……」


「全ての『聖剣士』が一挙に集う。これ以上の好機はない」


「確かに、その情報が事実ならチャンスね。でも私とアナタでどうにかなるかしら。私は槍を失って本領を発揮できない状態よ」


 最強を自負しているとはいえ、状況判断くらいはできる。

 職業を極限まで鍛えたからこそわかる自身のコンディション。全力に耐えられる武具がない状態は大きなハンデになるだろう。

 その気になれば『聖剣士』全員と刺し違えるくらいの底力は発揮できるだろうけれど、を見据えるとそんな選択肢は取れない。


「二人で、なんて言っていないだろう。招集会は我々にとって大勝負になる。ならば全ての戦力を集めるに決まっている。それに」


 タウリアは私の後ろを指さす。

 振り向いて背後を見ると、壁に立て掛けられた漆黒のランス。

 身が歪んで酷い有様だが、しっかりと原型を保っている。


「無機物を運ぶくらいの余裕はある。キミと違って暴れないからね」


「あら、皮肉かしら。勝手に引きずり込んでおいてよく言えるわね」


 売り言葉に買い言葉。二人の間に剣呑な空気が漂う。

 ただ、暴力を実行するだけの気力がないのかタウリアが真っ先に身を引く。


「……はぁ。とにかく、今は体力を回復することが先決だ。招集会の本命は『聖剣士』だが、最も警戒すべき人間は間違いなくレイン・マグヌスだ。ヤツは放っておけば『勇者』候補よりも厄介な相手になるだろう」


「随分と実力を買っているのね。そこまで言われると気になるわ」


「忠告するが、絶対に単独で挑むな。最悪、後悔する間もなく首が飛ぶ」


 私は口を閉ざす。

 私ほどでないにしても自信家なタウリアがここまで警戒することは滅多にない。

 それだけ相手が規格外の存在ということなのだろうが、口の説明では想像に限界がある。私にはどうしてもレイン・マグヌスという存在の真価が理解できなかった。


「……まあ、別にいいわ。私の標的はクリス・アルバートだけ。あの男をこの手で殺すまでは他の存在なんて眼中にない」


 ズキズキと痛む左目を押さえる。


「私の視覚を奪ったこと……この対価は高くつくわ」


 脳裏に刻まれたクリスの憤怒の形相を思い出し、無意識に怨嗟の声で呟いた。


「変わらず目的が一致しているようで何よりだ。招集会襲撃には協力してもらえると思っていいかな」


「ええ、もちろんよ」


「なら後は二人か……」


「こんな機会は二度とないわ。二人も来るでしょう。そうでなかったら……そんな臆病者には興味もない」


「それもそうか。

 ここは〝クハナ〟の倉庫区画端にある廃棄場だ。滅多に人もこない。しばらくはここを拠点に動くとしよう。体力が戻り次第、王都へ向かう」


 私は了承の意味で頷く。

 戦闘の興奮状態も冷めてきた。忘れていた疲労感や痛みが一気に押し寄せてくる。

 失った体力を取り戻すためにも休息が必要だ。


 タウリアに背を向けてランスが立て掛けられた壁まで足を運ぶと、そのまま背中を預けて座りこむ。

 瞳を閉じ、急速に薄れていく意識を受け入れる。


「おやすみリトア。そのまま死なないでくれよ?」


 そっちこそ、と朧気な意識で思う。

 タウリアの足音が遠ざかっていくのをなんとなく感じながら、私は眠りについた。

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