第41話 拒絶(三人称)
「まて、シオン!」
三角帽を片手で抑えつけて人混みを駆け抜けるシオンの背中に、オリアナは制止の声をかける。
職業的な能力差から距離は狭まっているが、強引に退けるわけにもいかない障害物が多すぎるために歯痒い間隔が維持される。
シオンはオリアナの声を意に介さず、走力の不利を通行人の壁で補い駆ける。思考能力や判断力がずば抜けて高いシオンを相手に瞬発力で勝負をするのは分が悪い。
このままでは埒が明かない。
何か気を引く手はないかとオリアナは考えるが、その時不意にシオンが道を曲がる。
裏道に繋がる路地だ。人も比較的少なく大きな障害物もない。なぜそんな場所に身を投じたのか疑問に思いつつも、オリアナも路地に入る。
昼間だというのに薄暗い路地は一直線に続いていて、少し進んだ先に立ち止まったシオンがオリアナの目に映る。人影は他にない。
「シオン?」
少しだけ無気味に感じたオリアナが華奢な背中に声をかける。
沈黙を纏ったシオンは静かにオリアナへ振り返ると、三角帽から藤色の瞳を覗かせる。
「……オリアナ」
シオンは小柄な見た目に反して低い声音でオリアナを呼んだ。
「どうして貴女がクリスと行動を共にしているのですか?」
「それは、色々とあってだな……話せば長くなるんだが」
「和解したと? 確かに貴女は
「ま、まあ、そうだな。でもシオンだって別に悪いわけじゃないだろう? クリスも特別気にしてはいないさ。
実は私はクリスたちがつくる予定のパーティーに入ろうと思っていてな。よかったらシオンもそっちに移籍しないか? いつまでもレインのパーティーにいたってしょうがないだろう」
自分は味方であることを証明しようとシオンをパーティーへ勧誘する。
縁は細いがオリアナにとってはシオンも大事な仲間だ。できることなら昔のように肩を並べて戦いたいと思っていた。
何よりシオンのような頭脳派は戦闘には不可欠だ。クリスもアルテナも脳筋寄りなので参謀役がいないと回らない。
「……けるな」
俯いてオリアナの話を聞いていたシオンが捻りだすように言葉を口にした。
「ふざけるな! 私が悪くないだと? 思ってもいないことを平気で口にして、私を説得できるとでも思ったか?
貴女はいつもそうだ。重要な事には触れず、理解した素振りで平均を保とうとする! 心の内ではどうせ私がクリスを陥れた張本人だと恨んでいるくせに、そんな相手にすら平等に接する姿が醜くて嫌いだ!」
「待て! 私はシオンを恨んでなんか……」
「貴女がクリスに恋慕を抱いていたことくらい知っていますよ。クリスを失って、貴女がどれだけ心を痛めたのかも! 私を恨まない理由なんてない!」
両拳を握りしめて叫ぶシオンの瞳には明確な敵意が宿っていた。
罪悪感、怒り、嫉妬。あらゆる負の感情が収斂したような双眸だ。
感情の機敏に聡いオリアナにはシオンの感情がより一層伝わってしまい、言葉を返すことができなかった。
「偽善で手を差し伸べてくるな! 消えてほしいならそう言え!」
「シオン……」
仲間だと思っていた人間からはっきりと拒絶の意思を示され、オリアナはただ愕然とすることしかできなかった。
クリスがいなくなってパーティーが崩壊してからもシオンとは交友があった。数少ない縁を大切にしようと語り合い、同じ苦境を味わう者同士助け合おうと誓い合った。
そんな相手が心中では罪の意識に苛まれ、過度な被害妄想に苦しんでいたなんてオリアナは思いもしなかった。何気なく接していたいままでがシオンにとってどれだけの苦痛となっていたことか。
「聞いてくれ、シオン。私は本当にお前を恨んではいないんだ。私はお前もティオナも大事な仲間だと思っている。無自覚に苦しめていたことは謝る。だから……だから、私と一緒に来てくれ」
オリアナには本心で語りかける以外の選択肢はなかった。
昔からそうだ。オリアナは仲間に対して感情を偽ったことも言葉を飾ったこともない。
彼女は苦楽を共にする存在が得難いものであることを知っている。得難いものは大切に扱わないといけない。感謝を伝えて、自身もまた相手にとって得難い存在であろうと心がけなくてはいけない。それこそがパーティーの在り方だと信じている。
真っ直ぐにシオンの瞳と目を合わせ、真摯な姿勢でオリアナは向き合う。
何も感じないわけはない。シオンとの付き合いは長い。自分が真剣に話していることくらい、シオンにもわかるだろう。
数瞬交差する視線。シオンは居た堪れなくなったのか、すぐさま目を逸らす。
「……貴女は帰ってきたクリスの傍にいればいい。私はレインのパーティーを脱退するつもりはありません。これは贖罪なんです。私は光なんて欲しくない」
「贖罪? 何に対してだ」
「私が壊した全てです」
シオンはそう言うと、オリアナに背を向ける。
「おい、どこに行く!」
「どこでもいいでしょう。護衛の仕事も継続できそうにありませんし、私は帰ります」
「行かせると思うか?」
「やめておいた方がいいですよ。貴女が道を阻むなら私は本気で抵抗します」
顔だけ振り向き、冷然としたした瞳で睨んでくるシオン。
威嚇では済まない空気を悟ったオリアナは一歩も踏み出すことができなかった。
シオンが本気で魔法を放てば街中の人間が被害に遭う。普段であればそんな危険なことはしないだろうが、今は事情が違う。
「では、今度はお幸せに」
吐き捨てるように言うと、シオンはその場を歩き去った。
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