第39話 出会い
「はぁ? なに言ってんだ、お前」
急に助けてくれなんて言われても困る。
ただでさえ『聖剣士狩り』だの聖剣士招集会だので慌ただしいっていうのに、赤の他人にまで気を回していられない。
必死の救援要請を無視して腹部に一撃見舞うために一度下ろす。機を計らったようにオリアナが青年の背後に周り、両腕を極める。
「な、なんだ!? 何するつもりだあんたら!」
「助けてやるんだよ。この苦しい現実からな」
コキリと拳を鳴らして答えると、青年の顔は見るからに青く染まる。
「まてまて待って! せめて話くらい聞いてくれよ!」
「嫌だね。うるさいんだよ、お前。精神治癒魔法で一回頭冷やしてこい」
「俺は冷静だ! 冷静に騒いでんだ!」
「なおタチが悪いわ」
拳に微小の聖なる力を込める。
背負った時の抵抗力からして一般人よりも肉体は丈夫だろう。下手に手加減するとそれこそただ苦しめるだけになる。
慈悲の意味でも文字通り一撃で沈黙させる必要がある。
「いくぞ――」
「俺も『聖剣士』なんだ!」
「……なに?」
断末魔の如く吐き出した青年の言葉を聞いて、俺は振り切ろうとする拳を止める。
「頼む。俺は無関係じゃない。あんたの側の人間だ!」
青年はオリアナの拘束を振り切って俺の肩を掴んでくる。
茶褐色の瞳を真っ直ぐに合わせ、必死に訴えかけてくる姿に流石の俺もたじろぐ。
「お前が『聖剣士』だと?」
「ああ、そうだ。どうやら俺は
そこで受付のマルクが言っていたのを思い出す。
生存が確認されている『聖剣士』は俺を含めて七人中三人。
生存というワードが保護が完了しているという意味合いなら、確かに俺の前に王都に来ている『聖剣士』が一人いるのもおかしい話じゃない。
「な、なあ……俺の話を聞いてくれる気になったか?」
控えめに俺の顔色を窺う青年。
「事実であれば、無視はできないと思います」
横からアルテナが提言してきた。
事実であれば、そうだ。無視はできない。
共通の敵を持つ数少ない人間で、招集会の内容次第では共闘する可能性だってあり得る。
招集会の機会を待つよりも先に互いを認知しておくのは悪い話ではない。
「わかった。話だけは聞いてやる」
「本当か!?」
「ああ。……とりあえず場所を移すぞ。外野の目が鬱陶しい」
「それは願ってもない。さっそく移動しよう!」
南街道を出て静かな喫茶店に入った俺たちは隅の席を陣取る。
四人席で俺の目の前に座る青年はよほど喉が渇いていたのか注文したドリンクを一口で飲み干す。
「ぷはぁ! 生き返るぅ」
あれだけ喚き散らしていたんだ。喉も渇くだろう。
オリアナが同じドリンクを店員に注文するのを横目に、俺は青年に問う。
「まず、お前の名前は?」
「ああ、そういや言ってなかったっけか。俺はルーカスだ」
「ルーカス……知らないな」
「俺は冒険者じゃないからな。教会で『聖剣士』判定もらったけど実家の農業を継いだんで、国に名前だけ記録されてるんだ」
農業と聞いて納得した。
ルーカスの服装は農夫がプライベートで着るものだ。俺の故郷の村でもよく見た。
「『聖剣士』なのに農業を継いだのか?」
「おかしいか?」
「いや、そういうわけじゃないが」
職業と才能とやりたいことは別だ。そんなことはよく言われる。
戦闘系職を持っていたって暴力が苦手なら冒険者には向かない。冒険者になりたくても職業が戦闘系や支援系でなければ難しい。
戦闘系特別職であっても絶対に戦わなくてはいけない理由はない。国が多少の小言を言ってはくるだろうが、強制はしてこないしな。
「しかし冒険者登録もしてないのによく見つけられたな」
「ああ、それな。
うちの村は東の方向にある田舎なんだが、どうも位置が半端で。
中継地点として冒険者の往来が激しいから冒険者ギルドが建ってるんだ。他の支部に比べれば規模も職員数も半分以下だけどな。
まあ俺には関係ないだろうと思って特に意識してなかったんだけど、あるとき急に名指しで呼び出されたんだよ」
だいたい察した。
小さな村でも冒険者ギルドがあることはある。
様々な依頼で世界各地に散らばる冒険者は人っ子一人いない辺境に向かうこともある。
目的地への移動距離があまりにも長い場合は体力や食料の問題が付き纏うから、一定距離内に存在する村や町に中継地点を設けるんだ。
畑しかない村からしても人の往来が増えて物流が捗るため、そういった場所では冒険者は領主よりも歓迎されることさえある。冒険者ギルドの設置を許可しているのはその領主様なんだが。
狭い環境なら個人の特定も容易だろう。
冒険者登録はしていないにしても『聖剣士』のルーカスという名前をギルド側は認知していたはずだ。
『聖剣士狩り』騒動から聖剣士招集会にまで話が進んだと同時に声がかかるのも必然と言える。ノータイムだった分、他の『聖剣士』よりも一足先に王都に到着したんだろう。
「王都なら安全だって聞いたから俺は畑を友人に頼んで大人しく連行されたんだ。それなのに……」
タイミングよく店員がドリンクを差し出してきて、ルーカスはそれを受け取る。
そして受け取った瞬間にまたもや飲み干して、テーブルの上に割れんばかりの勢いでコップを叩きつける。どんだけ喉渇いてんだ。
「安全なはずの王都の、招集会をする予定だったギルド本部がぶっ壊されるってどういうことだよ! 聞いてた話と違う! これだったら村に引きこもっていた方がずっとマシだったじゃないか!」
「そりゃ、確かに……」
ぐうの音も出ない。
俺だって身の安全を守るためにと王都に連れてこられたんだ。
それなのに、実際は王都の冒険者ギルド本部内に『聖剣士狩り』が潜んでいた。冷静に考えてみるとなかなか肝が冷える事態だ。
俺にはたまたまアルテナが着いていてリトアの存在を知ることができたからある程度は警戒することができたが、ルーカス視点だと全く知らないうちに冒険者ギルド本部が潰れて恐怖しかなかったろう。素直に同情する。
正直、アルテナがいなかったらグランの爺さんもルーカスも殺されていたと思う。
リトアの力はそれだけのものだった。
「だから言ったんだよ。俺は村に帰るって! そしたら職員に『もうすぐ招集会が開かれるから勝手な行動はするな』とかって上から目線に言われたんだ。俺腹立っちまって、外出許可中に護衛の冒険者を撒いて逃げ出したんだ」
「なるほど、だからあんなに急いでたのか」
「そうなんだよ。でもぶっちゃけ村まで戻る当てもなくてさ。護衛の奴もなんか凄くてめちゃくちゃ追跡してくるから、捕まったら監禁されるんじゃないかと思ってなおさら恐くなって……。
人混みに紛れてやり過ごしてたらあんたと出会ったんだ。これはもう運命という他ない」
「大袈裟だな」
「大袈裟なんかじゃないって!
聞いたんだ。冒険者ギルド本部を襲った『聖剣士狩り』を倒したのはあんただって。ギルドの連中は信用できないけど、あんたの力は信じられる。他の最上級冒険者だってなんだか頼りないし、あんたの傍にいれば絶対安全だ」
「それは……」
ルーカスは致命的な誤解をしている。
あの戦いは俺個人のものではないし、なにより俺はリトアを倒してはいない。
第三者の介入によって命拾いしただけだ。本当ならあの場で俺もアルテナもグランの爺さんもリトア一人に始末されていた。
「つまりルーカスさんはクリスさんに守ってほしいと?」
アルテナが聞いた。
「ああ、そうだ。あんたが近くにいるなら『聖剣士狩り』なんて恐くない」
なんだか申し訳なるほどの期待の眼差しを向けてくるルーカス。
俺は居た堪れなくなって目を逸らす。
「悪くはないんじゃないか。他の『聖剣士狩り』の実力は不明だが、リトアのような人間を相手にするなら個々よりも集団の方がいい。聖剣士招集会までは固まっていた方がリスクは少ないだろう」
重要な点を有耶無耶にしつつもオリアナは賛成の意を示した。
彼女なりの配慮だろう。いつまでも思いつめていたって仕方がない。これ以上オリアナに気を遣わせないために俺も普段通りに振る舞う。
「まあ、そうだな。だったら爺さんに相談してみるか」
「おお、本当か! やっぱりあんたは俺の救世主だ!」
だからいちいち大袈裟なんだって。
もう突っ込むことも疲れてしまったからスルーする。
「なら善は急げだ。さっそく――」
「見つけ、ましたよ……」
ビクンッ、とルーカスの肩が跳ねた。
先程までの喜色の表情は一瞬にして消え失せ、蒼白な面持ちで声を主を見る。
「……シオン?」
名前を呼んだのはルーカスではなくオリアナだった。
シオン。まさか、
膝に手を添えて呼吸を乱す女性。大きな三角帽子のせいで顔は見えないが、片方だけ伸ばした鮮やかな紫色の髪には確かに見覚えがある。
シオンは呼吸を整えると帽子の位置を戻し、整った輪郭を露わにする。
「よくも私を欺いてくれましたね……この……この……こ、の……?」
怒気に染まった藤色の瞳でルーカスを睨んだと思えば、オリアナや俺を何度も見返してくる。
四度見ほどしたとき俺と目が合い、シオンはピシリと石のように固まってしまう。
なにか言葉を発しようとしているのか小さな口を僅かに動かしている。小刻みに揺れる彼女の瞳孔が『私は混乱しています』と言っている気がした。
全く動く気配のないシオンに向けて、俺はとりあえず二年ぶりに声をかける。
「あーその……久しぶりだな、シオン」
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