第38話 問題事

 昼の王都は他所の追随を許さないほど活気に溢れている。

 王国の中心にして王国内において最も人口が多い都市という名目は伊達ではない。

 絶え間なく人々が往来する様はまるで生物の心臓のようだ。常に鼓動を刻み、全身に血を巡らせる。

 今しがたすれ違った馬車がどんな地方からいくつの町々を経由してやってきたのか、思いを馳せればきりがない。


 人の出入りが激しいということは、それだけ発展しているということに他ならない。

 王国で最も栄える場所。それゆえにあらゆる知識、技術、娯楽がここに収斂する。冒険者ギルドを始め、様々な組織団体の本拠が点在しているのがその証拠だ。


「クリスさん! このお店はなんですか!?」


 王都の南街道を歩いていると、アルテナが喜色の声で聞いてきた。

 何度か王都に来たことがあるとは言っていたが、あまり観光的なことはしていなかったようだ。

 南街道は通称『娯楽街』と呼ばれる。決していかがわしい意味はなく、単に旅行者や刺激を求める一般人を対象とする商店が林立しているだけだ。

 飲食店はもちろん、王都最大の本屋、一風変わったものだと魔法式加工が施された物品『魔法具』を売る店もある。


 アルテナが指さしたのは、そんな中でも珍しい魔物売店だった。

 魔物売店は捕縛魔法で捕獲した魔物を調教したり交配させたりして販売している店だ。

 以前にオリアナと街を歩いていて目にしたが、二年前よりも規模が大きくなっている。オリアナいわく王都では密かにブームが来ているらしい。

 冒険者の俺としては、普段斬って蹴ってしている魔物が愛玩目的で販売されていることに複雑な心境しかないが。

 取り憑かれたようにのめり込んでいた参考書を閉じてガラス窓の向こう側を食い入るように凝視するアルテナに、俺は無粋なことは言えず一言。


「入るか?」


「いいんですか?」


「まあ、息抜きだからな。オリアナはどうだ?」


「私は構わないぞ。愛玩用の魔物は嫌いじゃない」


「へえ、意外だな」


「……どういう意味だ?」


 穏やかな表情が一転、目を細めて冷然とした眼差しを向けてくるオリアナ。

 問われても、半ば無意識に口にしてしまったから言い繕えない。俺はアルテナの近くに寄ることでなんとかやり過ごす。


「あの魔物は見たことがあります」


 アルテナが窓越しから指をさす。

 俺も一緒になって覗くと、個体によって色とりどりの体毛を持つ赤い瞳の魔物。額には特徴的な一本角。


「あれはホーンラビットだ」


 一角類に属する低級の魔物。

 野生のホーンラビットはさっぱりとしていて味わい深い肉が人気で、よく市場に出回っている。俺も駆け出しの頃はよく狩っていたし、食っていた。


「突進されたら一般人は危険では?」


「魔物売店なんて普通の愛玩動物じゃ満足できない冒険者が主なターゲットなんだ。あんな角で怪我するような奴は近づかねえよ」


「なるほど」


 窓際で日射しに当たり夢うつつを満喫するホーンラビットを見つめながら、アルテナは小さく頷いた。

 無警戒に眠りこける姿を見ると、確かに可愛く思えなくもない。穏やかにしていれば小動物と変わらないからか。

 当り前だが野生とは大違いだ。

 野生のホーンラビットは自分より視線の高い生き物と対面したら問答無用で突進してくるほど臆病で凶暴だ。油断した初級冒険者が医療協会の世話になることも多い。


「……ペット」


 アルテナが呟いた。


「なんだ、飼いたいのか? 止めはしないが、家を持ってないとキツイぞ」


「いえ、飼いたいわけではないです。命を育てることができるほどの安定は私には得られません」


「そんなことはないだろう。豪邸に住む最上級冒険者だって珍しくない。明日も知れない冒険者業とはいえ、昇級していけばそれなりに安定はする」


 アルテナの実力を鑑みても冒険者としての安定は不可能ではない。

 しかしアルテナは首を振って否定する。


「そういう意味ではないです」


「……『聖剣士狩り』か?」


 俺が問うと、アルテナはなにも返さずに窓に手を添える。窓から半透明に反射して見える彼女の表情はとても無機質に感じられた。

 『魔王』を目指す災厄とも言える存在。それらと敵対し被害を阻止することは、きっと冒険者として大成することよりもよっぽど難関だ。

 リトアとの戦いで思い知らされた。最上級冒険者という特別な階級が井の中の蛙にすぎなかった現実。


 あの時、俺はリトアに負けていた。意志力ではなく潜在能力の差で一歩及ばなかった。

 本来であれば俺は今日を生きることはできなかったんだ。そう考えると、胸の奥が途端に冷めていく感覚に陥る。


 息抜きのための外出だというのに空気が一気に重くなった。

 これでは俺もアルテナも、付き添いのオリアナも気分が沈んでいく一方だ。

 俺たちは最後の晩餐をするために外出をしたわけじゃない。未来への希望を胸に、明日を生きる覚悟を固めるために出向いたんだ。楽しいことを探さなくては。


「――どけどけ、どいてくれ!!」


 唐突だった。

 人混みの奥から男の悲鳴にも似た声が響き渡る。

 俺たちを含め、多くの通行人が声の方向を注視する。すると人の波をかき分けて走る青年が慌てた様子で飛び出してくる。


「なんだ?」


 オリアナが目を細めて言った。

 青年は薄茶色で統一された上下の服を着ている。地方で見る安物の服だ。

 あまり王都の街では見ない外見なだけに、一層注目を集める。


「いてぇっ!?」


 騒ぎを見ていると、地面の僅かな凹凸につまずいた青年が前のめりに転倒した。

 そのまま起き上がることもなく両手を広げて突っ伏すものだから、流石に心配になって俺は近づいて声をかける。


「おい、生きてるか?」


「うぅ……痛い……死ぬ……殺される……」


 だめだ、これは重症だ。

 肉体よりも精神の方が参っている。医療協会に運んでメンタルケアをしてもらった方がいいだろう。

 俺は青年の腰に腕を回して担ぎ上げる。


「は、放せぇ!」


「おい、暴れるなよ。痛いのは嫌なんだろ?」


「俺をどこへ運ぶつもりだ! もう戻りたくない。俺は村に帰るんだ!」


「何言ってんのかわかんねえな……」


 一般人とは思えない力で抵抗され、思わず重心が傾く。

 戦闘系の職業持ちか。

 俺が悪戦苦闘していると、オリアナが傍に寄ってくる。


「クリス、あまり強引にするな」


「でもなぁ。コイツほっといたら問題になるぞ」


「それは同意だが、まずは一撃入れて沈黙させてから……」


 なにか恐いことを言い始めるオリアナ。

 それこそ決死の抵抗をされるだろうと呆れると、打ち上げられた魚のように暴れていた青年がピタリと動きを止める。


「クリス?」


「あ?」


 なんだか既視感のある展開に嫌な予感がしつつも、俺は青年の言葉を待つ。


「クリス……クリス・アルバート! あんたもしかしてクリス・アルバートか!?」


「誰だソイツ。知らねえな。オリアナ、お前は?」


 同じ轍は踏まない。

 知らぬ素振りでオリアナに振ると、理解のある彼女は平然と合わせてくる。


「知らんな。アルテナは?」


「知りません。クリスさんはアルバートではないです」


 アルテナも真顔で対応。

 完全なる否定だ。

 どこの誰だか知らないが、簡単に個人を特定されると面倒事になりかねない。コイツには悪いがしばらく寝ていてもらおう。


「オリアナ……アルテナ!? オリアナ・エルフィートとアルテナ・アクアマリン! 間違いねえ!」


 まずい、失敗した。

 バカか俺は。オリアナの名前を出してどうする。

 というかアルテナのことまでも知っているのか。いったい何者なんだ?


「クリス・アルバート! いやクリス・アルバートさん! 俺を守って、助けてくれ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る