第37話 昼の一時

 穏やかな日の光が差し込んでくる窓の外を何気なく眺める。

 王都を騒がせた『大事件』が起きてまだ間もないというのに、道を行き交う人々は今日も今日とて平常運行だ。これは二年ぽっちで早々変わるものではないなと、どこか納得してしまう。


 夫婦が経営している小さな宿の食堂で、俺とアルテナ、そしてオリアナは昼食をとっていた。

 冒険者宿はすでにチェックアウトしている。

 『聖剣士狩り』のリトアを退けたとはいえ、仲間がいることが判明している以上は同じ拠点に留まっているのは危険というギルド側の判断だ。


「まさか私も保護対象になるとはな……」


 気落ちした声音のオリアナの呟きを聞いて、俺は窓から視線を外す。


「第二候補とはいえ、お前はリトアと戦ってるからな。他を探せばきりがないが、とりあえずお前だけはマークしとこうってことだろ」


「そんなものか」


 これはギルドの判断というよりはグランの爺さんの判断だ。

 オリアナを含めた『白騎士』は第二候補だとアルテナやリトアは言っていた。

 しかしリトアの様子を思い返すに、第一候補と第二候補では重要度が大きく異なっているようだ。リトアは『何がなんでも聖剣士だけは殺す』というスタンスだった。

 それについてアルテナに聞いてみたところ、どうやら『聖剣士狩り』にはノルマが設けられているという話だ。


 アルテナ経由で判明した『聖剣士狩り』は本人を含めて五人。

 『魔剣士』、『黒騎士』、『魔導師』、『魔女』、『狂戦士』。

 それぞれに課せられたノルマは一人一殺。

 『聖剣士』がリトアに殺されたカイルを含めて八人だから、普通に計算すると三人余ることになる。

 その端数については手が余った人間が率先して狩るという手筈だったらしく、リトアがグランの爺さんを狙っていたのもそれが理由だった。


 『聖剣士狩り』の能力などについての詳しい情報はアルテナから聞いているが、『魔導師』のタウリアのようにアルテナでも知り得ない技を会得していたりする可能性もあるから万全な対策ができるとは言えない。

 『聖剣士狩り』同士が最終的に殺し合う関係にあるというのも問題だ。他の誰にも見せていない切り札を隠している奴がいてもおかしくはない。


 チラリとアルテナの方を見る。


「冒険者規定第33項。冒険者は『迷宮ダンジョン』に潜る際は最寄りの冒険者ギルドにて許可証を発行してもらうこと。許可証は個人あるいは団体の『迷宮』管理者との契約のもと……」


 アルテナはフォークで巻いたパスタを食べながら参考書を食い入るように読んでいる。

 食事時くらい参考書から手を放せと言ったのだが、よほどパーティー結成ができなかったことが悔しかったのだろう。あれからアルテナは俺でも引くくらい勉強熱心になった。

 それはいいことなのだが、コイツもコイツで一応『聖剣士狩り』なのだと思うと複雑だ。グランの爺さんも対応を考え倦んでいるようで、混乱を招かないように今はアルテナの職業などについては冒険者ライセンスの『無記名』よろしくノータッチにしている。


「そう言えば、招集会の詳しい日程は決まったのか?」


 オリアナが聞いてくる。

 俺は水を一口飲んでからそれに答える。


「さてな。聞いた話じゃあと数日でレインが帰ってくるとかなんとか。大人数の移動だし敵も多いしで慎重に動いてるらしいぞ」


「なるほどな。それにしても『聖剣士』が一同に会するのは初めてのことじゃないか?」


「言われてみればそうだな。俺も全員の顔を知っているわけじゃないし、その点は少しだけ楽しみではある」


 おまけに集まる場所も場所だ。

 グランの爺さんの話を聞いてから後日、聖剣士招集会の場所が王城の舞踏会場と正式に決定した。

 どうして舞踏会場なのかと言えば、たまたま空いていたからという適当な理由だ。空間だけは無駄にあるから窮屈な思いはしないと付け加えられた。


 コップに残った水の最後の一滴を飲み干し、食べ終えた皿をどかしてブツブツと復唱するアルテナに声をかける。


「おい、そろそろ出るぞ」


「待ってください。今いいとろなので」


 コイツが読んでるのって参考書だよな?

 まるで大衆本の山場を追っているようなアルテナの物言いに、オリアナも困ったように笑う。

 せっかく人が息抜きのために外出申請を出しておいたというのに。この調子ではいつかパンクしてしまうだろう。


 リトアとの戦いで『聖剣士狩り』に対しては並の最上級冒険者ですら太刀打ちできないことが判明した。

 それが理由かはわからないが、外出する時は申請だけ出して、俺たち三人が固まって動くことが前提であれば護衛は必要ないということになった。


 リトアを特例昇級試験に推薦したらしき最上級冒険者については現在行方を調査中とのことで、最悪死亡している可能性もあると聞いた。

 あれだけの力があれば推薦を強要することも容易だろう。


 本当に恐ろしく凶悪な女だ。

 次に会った時には、必ず息の根を止めて次なる被害を生まないようにしなくてはいけない。


「クリス、怖い顔をしているぞ。どうかしたか?」


「ああ、いや。なんでもねえよ。行くぞ」


 隣に座るアルテナの肩を軽く叩き、席を立つ。

 息抜きは俺自身のためでもあった。

 直にが帰ってくる。そうなれば非応なく顔を合わせることになるだろう。

 俺は自分の感情がわからない。アイツの顔を見た時いったいなにを思い、どんな言葉を口にする。

 謝罪か。八つ当たりか。恐くなって逃げてしまうかもしれない。


 それでも多少は成長したと思う。

 少し前の俺だったら、ただただ恐ろしくて仕方がなかったはずだから。

 人として強くなるためには出会いが不可欠なのだと思い知らされる。


「冒険者規定第16項、パーティー結成に当たるパーティーリーダーとメンバーの階級について――――あ、ちょっと、待ってください!」


 後ろから慌てて椅子を引く音がして、俺は思わず苦笑いを浮かべてしまう。


「置いてかねえから、足下気をつけろよ」

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