第25話 犠牲者
冒険者宿を出ると突然の爆音に慌てる一般人が群がっていた。
夕暮れ時ということが幸いして、人の数はまばらだ。混乱している人の波に道を妨害されるようなことはなかった。
その中を躊躇なく走り抜けるアルテナ。俺は正確な位置はわからないが、アルテナは何か確信でもあるのだろうか。
「――クリス!!」
「っ、オリアナ!」
走っていると、進行方向からオリアナが駆けつけてきた。
昼間の装いとは異なり、最低限戦闘ができる軽装を身につけ、手には盾とランスを持っている。
そういえばこの道はちょうどオリアナの帰り道だったと思い出す。
足を止めた俺とアルテナの前までやってきたオリアナは、必死の形相で俺に縋りつく。
「嫌な予感はしていたんだ! だ、だから、あの爆発音が響いた時、お前が巻き込まれたのではないかと……!」
「俺は無害だ、安心しろ!」
「ああ、よかった……!」
消え入りそうな声で『よかった、よかった』と反復するオリアナを宥める。
まさかここまで心配されるとは思っていなかった。
互いに互いの方向から聞こえたのだから、心配するのも無理はないとは思うが。
「オリアナさんは無事ですか。だとすると……」
オリアナの安否を確認するや否や、アルテナは視線を横へ向ける。
俺たちが合流した場所は、奇しくも冒険者ギルド本部の門前だった。
日が沈んできていることもあり見えづらいが、冒険者ギルド本部の建物の上階から煙が上がっているのが確認できる。
「冒険者ギルドで爆発? どういうことだ?」
「それよりも、上階というのが気になります。あそこは、確か」
「応対室だ」
俺がグランの爺さんに連行された場所。
冒険者がグランの爺さんのような幹部と対面する時は大抵あの場所だ。
現役時代はよくあそこでグランの爺さんと面談をしていたから、記憶違いはありなえない。
「オリアナさんかと思えば、まさかそっちに……流石に行動が早すぎです!」
吐き捨てるように言うと、アルテナは冒険者ギルド本部に向かって走り出す。
「おい! 待て!」
咄嗟に叫んで呼びとめるが、アルテナは全く聞いていない。
「オリアナ、動けるか?」
「あ、ああ……気が動転していた。すまない、大丈夫だ」
「そうか、ならいくぞ」
とっくにエントランスの奥に消えたアルテナを追って冒険者ギルド本部に向かう。
今は営業終了時刻ということもあり爆発に巻き込まれたギルド関係者はおそらくいないだろうが、それでも何が起きたのか確かめる必要がある。
ギルドの内部に入り、階段を駆け上がる。
戦闘系特別職の俺とオリアナならエントランスから応対室まで一分もいらない。
あっという間に爆心地まで辿りつくと、その凄惨な有様に戦慄した。
被害者はいないと踏んでいたが、とんでもない。目測でも三人は瓦礫に埋もれている。そこいらに剣や斧が落ちていることから冒険者で間違いなさそうだ。
さらに進むと、床が崩れた場所を見つける。
オリアナと一緒に下を覗きこむと、下階の部屋で佇んでいるアルテナ。そして、壁にもたれかかって沈黙するグランの爺さんがいた。
「爺さん!」
ゾッとした俺は急いで飛び下り、アルテナの横まで駆けつける。
静かに立ち竦むアルテナを横目に確認した後、グランの爺さんを直視した俺は息を飲む。
「ウソだろ……」
グランの爺さんは右肩から先がなくなっていた。
まるで右手で爆撃を受けたかのように黒い血飛沫が床や壁に付着している。
少し離れた場所にはグランの爺さんの愛剣である大剣『アスカロン』が転がっていた。
冒険者ギルドでグランの爺さんが武器を所持していることはまずない。あまり考えられないことだが、ここで『戦闘』が行われたということだろう。
知人のあまりに惨い姿を目にして嫌な汗が流れる。
そんな中、ずっと黙りこくっていたアルテナは一言だけ口にする。
「手遅れでしたか」
その言葉に俺はピクリと反応する。
「手遅れ、だと? どういうことだ」
「…………」
「答えろ!」
アルテナの肩を両手で掴んで強引に視線を合わせる。
出会った時と同じような虚無に等しい眼差しからは何も読み取れない。
「く、クリスよせ! 今は負傷者を『医療協会』に運ぶことが先決だ!」
オリアナが降りてきて、俺の腕を掴む。
しかしそんなことは関係ない。
グランの爺さんがやられた。犯人なんてわかりきっている。
リトア・ガーネット。あいつがグランの爺さんと冒険者をやったのだ。
対策は講じた。こちらが先手を打っていたはずだった。だというのにどうして。たった一日でどうして後手に回ってしまったのだ。
何かを悟った様子のアルテナは静かに俺の腕に手を添える。
「落ち着いて。まずは生存者を救出しましょう」
「答えろって言ってんだろうが――」
「あらあら。やっぱり裏切っていたのね、アルテナ」
今もっとも聞きたくない声が俺のすぐ横から聞こえ、俺は言葉を止めた。
即座に顔を向け、その人物を確認する。
「……リトア」
アルテナが平坦な口調で名前を呼んだ。
部屋の出入り口のすぐ横に佇んでいるリトアは、薄ら寒い笑みを浮かべてこちらを見ていた。
俺が興奮していたせいか、声を聞くまで全く気配を感じなかった。
「テメエ……」
怒りと殺意をこめてリトアを睨む。
右手にオリアナのものより一回りは大きい、大人二人分はあろうかという巨大なランスを握るリトアは涼しい顔で俺と視線を合わせる。
「不思議? 自分たちに情報の利があると思っていたら、こんなにあっさり作戦が瓦解してしまって驚いているのかしら」
「いったい何をした。いつからこっちの動きを察知していた!」
「初めから。というよりも、アナタの名前を聞いた時から。
……だって、ふふふ。横の彼女、『白騎士』のオリアナ・エルフィートなんて私が知らないわけないでしょう? 彼女が『クリス』と口にした時点で、ほとんど本人と確定したも同然よ」
「わ、私のせい……?」
「お前のせいじゃない! もとはと言えばコイツが『聖剣士狩り』なんてふざけたことをやっているのが原因だ!」
悲壮な面持ちで呟くオリアナをフォローし、噛み殺すように嘲笑するリトアに向かって叫ぶ。
「待ち合わせだって、私はアナタ達の活動拠点を知ることができればそれでよかったのよ。アナタの口から聞かなくたって、後を着ければわかることでしょう?
それにしても驚いたわぁ。だって『聖剣士』のクリス・アルバートを追っていたらアルテナ、アナタを見つけたのだもの。はじめは面白いことでも考えているのかと思っていたけれど、アナタの動向を監視していて違うと悟ったわ」
人を食ったような笑みが一転、リトアは死人のような冷徹な瞳でアルテナを見据える。
俺がその眼差しに射抜かれたわけでもないのに、背筋が粟立つ。
「『勇者』候補を始末した後に真っ先に脱落するのは間違いなくアナタだとは思っていたけれど、まさかそれを見越してこちらを始末する算段なんてね。悪知恵の働くこと」
「……『勇者』候補も『魔王』候補も関係ありません。私はあなた達の思想が気に入らない」
「
絶対零度を思わせる声音で言葉を放つリトアに対して、アルテナは毅然とした態度を貫いている。
劣等者。以前にアルテナは言っていた。
『どちらかと言えば劣等者として扱われていたので』
アルテナを力不足と罵り、嘲笑っていた人物。
それがリトアだというのなら、アルテナがリトアを『自分よりも強い』と告げたことも辻褄が合う。
俺は戦慄する。
数日前の決闘は二年のブランクがあり、万全とは言えなかった。しかしそれでも俺を正面から叩き伏せた実力は尋常ではない。
そのアルテナをしても歯牙にもかけない存在がリトアだと言うのなら、アルテナが彼女を『レイン・マグヌス』と形容したのも納得できる。
「冒険者ギルドに潜入してグラン・アーガスを始末する予定が狂ってしまったわ。どうしてくれるのかしら御三方。……ま、やることは変わらないのだけれど」
そう言ってリトアのヘビのような瞳が俺を捉える。
睨み返すが、言葉は出ない。
リトアの底知れない雰囲気に完全に呑まれてしまっていた。
「女狐が……その汚らしい目でクリスを見るな」
動けない俺を庇うようにしてオリアナがクリスの前に立った。
その姿をバカにするように冷笑するリトアは、唇を歪に曲げて俺たちを見回す。
「ふふふ。作戦を変えてグラン・アーガスを餌に釣りをしてみたら、裏切り者一匹に標的が二匹。今日は大収穫祭ねぇ。
「三人を相手に勝てるとでも?」
「逆に問うけれど、その程度の戦力で私をどうにかできるとでも?」
問われて、俺は現状を把握した。
アルテナは常時片手剣を携帯している。オリアナも万全とは言えずとも必要な装備は身につけている。
しかし俺は完全に無防備の状態だった。決闘の時にアルテナに用意してもらったバスタードソードもその日のうちに折れてしまったし、それ以降は本格的な戦闘は想定していなかった。
勢いだけで『聖剣士狩り』の前に立ってしまったが、アルテナよりも強いことが確定しているリトアに対して武器も持たずに応戦するのは愚の骨頂だろう。
どうする。
思考をフル回転させて現状の解決策を模索していると、俺の横でアルテナがゆっくりと剣を抜きながら口を開く。
「……戦闘は避けられませんね」
「あら、やる気になったの? 弱虫のアナタにしては勇気があるわね」
「ここで『仲間』を失うくらいであれば、いっそ心中した方がマシです。私にとって今この瞬間ほど戦力が充実することは今後訪れないでしょうから」
「これが戦力? く、ふふふ……笑わせるわ。弱者はその身の不完全を他者で補おうとする。教えてあげる。本当の戦力とは『個の完全』。私こそが魔王に相応しい人間であることを――!」
狂騒な瞳を昂らせ、リトアはアルテナに向けてランスを突き付ける。
命をかけた戦いが始まる。
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