第24話 不穏

 昨夜アルテナが語ったことをオリアナに全て話した。

 俺もそうだったが、当然オリアナもなかなか信じられない様子で顔をしかめた。


 『勇者』だの『魔王』だのというものが本当に存在していて、その後継者候補が生存競争をしている。

 俺たち『聖剣士』はそんな身勝手な理由で命を狙われている。オリアナも他人事ではなく、第二候補としてマークされている。

 自分で口にしておいて、あまりにバカげた内容に失笑してしまう。


「信じられないならそれでいい。ただ、リトアが怪しいのは確かだ。まずはアイツが白なのか黒なのか探る必要がある」


「……それもそうだな。しかしどうやって? 面と向かって“お前は聖剣士狩りか”なんて聞けない」


「それについては一応考えた。アルテナの提示したリトアの情報と実際の反応を照らし合わせる」


「リトアの情報?」


「ああ。アルテナが言うにはリトアは『特別』を好み、常に己が唯一の存在でないと気が済まない』性分らしい。そんな超利己的な人格なら、軽い質問を二つ三つ投げれば本性が見えるはずだ」


 昨日、軽い世間話程度の会話ですら違和感を感じたのだ。

 リトアは穏やかな表情や口調で外面を装っているようだが、我が強すぎて完璧に隠しきれていない。

 本性を暴くのはさほど難しいことではないだろう。


「なるほどな。アルテナについてはどうする? 昨日はなんとか誤魔化せたが、また訊かれたらどうしようもないぞ」


「そこについてなんだが、解決策が浮かばなかった。騙すしかないだろうな」


「嘘の情報を教えるのか。それは少しリスクが高くないか?」


「それしかない。俺が適当に捏造した人間の情報をリトアに伝える。もちろんベースになるのはアルテナだが。リトアは特例昇級試験の資格者の情報を何一つ持っていない。その場で悟られることはないだろう。後々バレるとしても、こっちはもともと短期戦のつもりなんだ。構いやしない」


 大胆なことを言っている自覚はある。

 しかしここで何より都合が悪いのは、リトアにアルテナの存在を認知されることだ。

 アルテナが裏切っていることが知られていなくとも、何かしらの形でリトアはアルテナに接触してしまう。その時に余計な情報が相手に渡ってしまったら最悪だ。


「大まかな流れは考えてある。予定通りにはいかないだろうが、とりあえず合わせてくれ」


「わかった。……演技は苦手なんだがな」


「俺もだ。腹の探り合いなんて性に合わないことを土壇場でやらされるんだから、無理難題もいいところだよ」


 俺とオリアナは二人して長い溜め息を吐く。

 アルテナと出会ってから俺の心は忙しなく動いている。

 それが良いことなのか悪いことなのかはさておき、死んだように日常を送っていた少し前のことが遠い昔のように思えた。生きた心地がしない、という感覚すらも生の刺激なのだと実感する。


 そして迎えた昼時。

 冒険者宿のロビーでオリアナと共に待機する。

 椅子に腰かけ、王都では珍しい黒髪の人物が現れるのをジッと待つ。

 オリアナと繰り返し情報を確認し合い、認識の齟齬がないかチェックする。そうして過ごすこと十分、リトアはまだ現れない。


 たかが十分だ。大したことはない。

 イメージトレーニングも完璧に仕上げ、もはや流れるように話を合わせるまでになる。

 そして気づけば三十分。リトアはまだ来ない。

 昼はまだ終わらない。食事を済ませてから来る可能性だって十分にある。俺たちもすぐ横のフロアにある食堂で軽く食事をとる。


 それから一時間経ってもリトアは現れない。

 流石に遅い。

 不自然に思いながらも俺とオリアナは動かない。いや、動けなかった。

 ここで動いて変に入れ違いにでもなったらそれこそ大事だ。

 俺たちはリトアの面影を探し、宿を出入りする人物をマメに観察する。黒髪の人間は一人としていない。


 雲行きが怪しくなってくるのを感じる。

 おかしい。

 二時間待って、俺たちは不自然な状況に気づいた。

 リトアは約束の時間に現れなかった。遅刻というわけでもなさそうだ。

 それが意味するところはいったい何か。リトア自身に何かしらの都合ができてどうしても向かうことができなかったということだろうか。

 その都合とは? 『聖剣士』かもしれない俺と、特別でありたい己のプライドを傷つけたアルテナのことを放ってでも成すべきこととは。


「……クリス、今日はもう」


「ああ、わかってる」


 日も沈み、外はすっかり暗くなってしまった。

 かれこれ何時間待っただろうか。結局リトアは来なかった。

 そろそろアルテナが帰ってくるだろう時間だ。グランの爺さんとの対談は成功しようが失敗しようが、リトアとの遭遇を避けるために日が暮れてから帰ると事前に言われていた。


「向こうから距離を取ってくれたのは喜ぶべきなんじゃないか?」


「……どうだかな。俺はむしろ不安だ」


 この短期間に何か情報を得たか。

 こちらの思惑を悟られたのではないか。

 考えれば考えるほどに最悪な展開が浮かんでくる。

 しかしそれは俺の単なる妄想。確証なんてどこにもない。予定は狂ったが、まずはアルテナの帰りを待つ他ない。


「オリアナ、今日はもう帰れ。すまなかったな、付き合せちまって」


「私が好きで傍にいただけだ、気にするな。しかしいいのか? 帰ってしまっても」


「ああ。そろそろ宿も閉まるしな。チェックインしていない奴は閉め出される。アルテナと共有した情報はまた明日話す」


「わかった。……クリス、くれぐれも気をつけてくれ。何かあったらすぐに駆けつける」


「助かる。お前も夜道には気をつけろよ」


「ああ」


 どこか物憂げな表情のオリアナは名残惜しそうに冒険者宿を出る。

 俺はその背中を見送り、静かに部屋に戻った。





「ただいま帰りました」


「ああ、おかえり」


 部屋に戻って数十分もした頃、アルテナが帰ってきた。

 早朝に見た時と同じ、特に変わった様子はなさろうだ。グランの爺さんにフラれて意気消沈して帰ってくる、というパターンも考えていただけに、多少は安心する。


「……それで、どうだった」


「はい。グランさんと直接話をする機会を得られました。クリスさん程に詳しい内容は伝えられませんでしたが、リトアが危険な存在であることは伝えました。それについてグランさんが何かしらの対応をすることも約束してもらいました」


「本当か」


「とはいえ半信半疑といった様子でしたので、どこまで対応してくれるのかはわかりません」


「それでも十分だ」


 アルテナが目的を達成したということで、俺は胸を撫で下ろした。

 しかし、当然のことながらアルテナの次の言葉で一気に現実に戻される。


「クリスさんはどうでしたか」


 期待を込めたアルテナの視線。

 俺はまともに目を合わせることができず、そっぽを向いて答える。


「……リトアは来なかった」


「来なかった?」


「ああ。オリアナと半日待ったが姿は見なかった」


「それは……」


 俺の返答を聞くと、アルテナは途端に難しい顔をして考え込む。

 眉間に寄った皺がどんどん増えていき、やがて深刻そうな表情に変わる。


「……まずいかもしれません」


「どういうことだ?」


「リトアは何かに勘付いた可能性が高い。目の前の好機を逃してまで優先するべき行動なんて今の状況ではそれほど多くはない。だとすると、リトアは……」


 そこまで口にして、ハッとアルテナは目を見開く。


「オリアナさんは今どこですか?」


「オリアナなら少し前に――――」


 俺が言い終わる前に、冒険者宿の外から途轍もない爆撃音が響き渡る。

 部屋が揺れ、気を抜いていた俺は僅かによろめく。


 ここから遠くない場所で何かが爆発した。それは間違いない。しかし、この周辺で大爆発を起こすような物を扱っている場所は知らない。二年間でできた新しい建物……?


「まさか――」


 状況に完全に置いていかれている俺を余所に、アルテナは部屋を飛び出す。

 数秒送れて俺もその背中を追うが、最上級冒険者の護衛がいないと外出できないことを思い出す。が、


「律儀に従ってられっかよ! 俺も最上級冒険者だっつーの!」


 ここでアルテナを見失うのはマズい。

 そう判断した俺は外出許可を無視して冒険者宿を出る。

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