第23話 対面前

「クリスさん、明日は単独ですか?」


「いいや。オリアナがリトアを警戒していてな。明日も来ると言っていた」


「それはよかったです。勉強の件は私が人見知りで作業にならないから、とかそんな理由で断ってください。それと、リトアとは絶対に二人きりにならないこと。最悪一瞬の隙に殺されます」


「それは言いすぎだろう。俺だって実戦慣れしてる。油断なんてしねえよ」


「警戒しているだけでは彼女の速度に追いつけない、ということです。リトアのことはレイン・マグヌスだと思って一挙手一投足を見逃さないでください」


 俺は目を眇める。

 別に、レインの名前を出されて気分を害したわけではない。

 アルテナは暗に、リトアがあのレインと同等程度の実力を持っていると告げたのだ。

 二年前の時点のレインの強さを知っている身からすると、にわかには信じがたい。


「私は明日、早朝から冒険者ギルド本部へ向かいます」


「そう言えば今日も用事があるって言ってたな。なにしに行くんだ?」


「今日はリトアの情報を得ようと受付にかけ合いましたが、守秘義務があるということで何も話してもらえませんでした。

 しかしそれは逆に言えば、リトアの側も私について探ることはできないということです。名前を知られていないアドバンテージも含めればまだ猶予は残されています」


 やはりあの場でアルテナの名前をリトアに教えなかったのは正しい判断だったか。

 オリアナには改めて感謝しなければいけない。

 あのときオリアナが間に入っていなかったら俺は正直に答えていたかもしれない。そうでなくても、頑なに答えないことでリトアの猜疑心を強める危険性があった。


「だったら明日はどうするんだ」


「多少の猶予はありますが、悠長にしている時間はありません。今集められるだけの戦力を集めるしか手段は残されていないでしょう。

 明日、冒険者ギルド本部に向かってグランさんに対談を求めます。本当はクリスさんが着いていてくれると嬉しいのですが」


 早朝であれば昼には間に合うだろうが、念のためだろう。

 仮に俺が約束をすっぽかしたらリトアがどう動くかわからない。警戒している相手はできるだけ近くで観察していた方がいい。

 グランの爺さんも他人事ではない。『聖剣士狩り』という単語を耳にすれば、何かしらの反応は見せるはずだ。

 加えてアルテナは俺の連れだ。グランの爺さんなら無碍な扱いはしないだろう。


「よし。明日の予定は把握した。

 リトアの方はこっちに任せろ。オリアナもいるし、どうにかする」


「はい。よろしくお願いします」





 一夜明け、翌日の早朝。

 冒険者ギルドが開く十分前に冒険者宿を出るアルテナを見送った。

 その後部屋で暇を持て余していると、昨日と同じようにコンコンと扉からノックの音がする。

 顔を確認せずとも人物を判断した俺は躊躇なく扉を開く。


 予想通り、昨日と同じラフな格好をしたオリアナが立っていた。

 オリアナは申し訳なさそうに眉を下げている。


「朝早くにすまない。どうにもクリスが心配で」


「いや、むしろ好都合だ。説明しておきたいことがあるんでな」


「そうなのか、だったらよかった」


 安心した面持ちのオリアナを部屋に招き入れ、扉を閉める。


「アルテナはいないのか?」


「ああ、アイツはいま冒険者ギルド本部の方にいるよ」


「こんな時間に?」


「それも含めて説明する。まあ座ってくれ」


 ベッドに座るように促すと、オリアナは素直に腰掛ける。

 俺もその隣に腰掛ける。

 椅子でもあったらいいのだが、生憎と備え付けの作業机の付属として存在する椅子が一だけだ。片方が椅子に座った状態では話し辛い。


 伝えるべきことを頭の中で整理するため、俺は少しのあいだ黙る。

 そんな中、オリアナは手持ち無沙汰なのか小さく息を吐いてシーツを右手で撫でる。

 謎に憂いを帯びた瞳でこちらを見てくるオリアナは、感嘆するように言葉を吐露する。


「二人きりだな」


「……そういう反応に困る冗談を言うのはやめてくれ」


「わりと本気なのだが」


「なお悪い。少し待て、いま考えてる」


「早朝からの情事は有りか無しか」


「ナシだ。次俺の思考を遮ったら殴る」


「すまない」


 口だけ謝って、オリアナは少しだけヘソを曲げたように鼻を鳴らす。

 俺が心配だから駆けつけてきたんではなかったのか。

 この命の危機もかくやといった状況で色恋なんて意識していられない。俺やアルテナ、そしてグランの爺さんやオリアナも関係していることなのだから。

 しかしリトアというただ一人の人間のために最上級冒険者相当の実力者たちが頭を抱える。改めて考えると現実的ではない事態だ。


「まず始めに。オリアナ、お前の勘は正しいかもしれない」


「私の勘? それはいったい……」


「リトア・ガーネットだ。アルテナ曰く、アイツが『聖剣士狩り』らしい」


「なんだと?」


 かもしれない、と付け加えたのは俺自身完全にアルテナを信用しているわけではないからだ。

 仮にアルテナが俺たちを騙していて、リトアと結託していたら一網打尽にされかねない。

 九割は信じる。しかし残りの一割では常に最悪の可能性を想定しておくべきだ。


「どうして彼女がそんなことを? いったいどこから仕入れた情報なんだ」


「どうもな、アルテナも『聖剣士狩り』の一人らしいぞ」


「なっ」


 唖然として口を開くオリアナ。

 無理もない。『聖剣士狩り』なんていう危険な存在がすぐそばで平然と生活していたなんて思いもしなかっただろうからな。

 本当にバカみたいな話だ。俺が少し冷静さを欠いていたら、アルテナも俺も昨日無事では済まなかっただろう。


「おいクリス、なにがなんだかわからんぞ。『聖剣士狩り』の正体を教えた本人もまた『聖剣士狩り』だって?」


「まあ落ち着いて聞け。昨日アルテナと話したことをこれから全て話す。信じるも信じないもお前の自由だ。ただ、どちらにせよお前の命は俺が守ると約束する。知り合いが惨殺されるなんて寝覚めが悪いことは御免だ」


「……わかった。教えてくれ」


 俺の意思が伝わったのか、オリアナは真剣な眼差しで頷いた。

 彼女に全てを伝えた後は今後の対策について話さなくてはいけない。

 昼時のリトアが到着するまでには数時間。あまり時間はない。


「それにしてもクリス。不意に男を見せるところは相変わらずだな。流石に昂ってしまう――痛っ!?」


「黙って聞いてろ!」


 発情期かこの女は。

 二年前はこんなことを言う奴じゃなかったのだが……。

 ティオナへの可能性がなくなって実質フリーになったから積極的になったのか?


「お、乙女の頭部を躊躇なく叩くとは……」


 頭をさすってこちらを恨めしそうに睨むオリアナ。

 自業自得だ。俺は警告したのだから。


「お前が乙女? 戦乙女の間違いだろ――痛ってえ!?」


「おい! 聞き捨てならないぞいまのセリフは! どういうことだクリス!」


「わ、悪かった。流石にデリカシーがなかった」


 顔を真っ赤にするオリアナに頭を下げる。

 話が進まない……。

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