第22話 決意

「なんだって?」


 予想だにしていなかった単語に思考が一瞬だけ鈍る。

 リトアが『聖剣士狩り』だと?

 特例昇級試験の資格を持っているとは言え、相手は初級……いや、しかし思えばアルテナのような例外もいる。冒険者のランクで実力を計るのはよくないか。

 疑問なのはアルテナがどうしてそこまで確信をもって言えるかだ。『聖剣士狩り』と関係があるとすれば、アルテナも危険な人物である可能性が出てくる。


「数ある可能性の中で一番面倒な相手に当たりました。これは非常にまずいです」


「数ある可能性? というかお前、やっぱりリトアと知り合いなんだな」


「知り合いなだけです。『聖剣士狩り』は単独ではありません。複数名存在します。しかし『協力関係』にあるだけで『仲間同士』ではない。リトアが王都を拠点に動いているならば、他の『聖剣士狩り』は別の場所にいると思っていいでしょう」


「なぜそこまでわかる」


「私もは『聖剣士狩り』なので」


 何の臆面もなく放たれたアルテナの言葉を飲み込むのに時間を要した。

 出会った当初、アルテナは俺に敵ではないと言った。

 何かあるとは思っていたが、コイツも『聖剣士狩り』だと?

 だとするなら、出会った時の嫌な予感は目の前のアルテナから感じていたものだったのか。


「クリスさん。完全に信じて欲しいとは言いません。ただ理解してほしい。私はあなたの敵ではない。協力してください」


「何をだ。お前は俺に何をさせたい」


 信じろと言われても、ここまで隠し事が多いと難しい。だからこそ俺は核心に近い問いをアルテナに投げた。

 俺が問うと、真っ直ぐにこちらと目を合わせてアルテナは言う。


「『聖剣士狩り』リトア・ガーネットを共に倒してほしい」


 これまで繕って誤魔化していたような曖昧な視線ではない。

 返答次第では俺はアルテナと敵対するつもりでいた。しかしアルテナの答えは判断に迷うものだった。


「……目的はわかった。だがどうして同じ『聖剣士狩り』のリトアを倒したい」


「私は彼女達のを認めない。だから食い止めるんです」


「『聖剣士狩り』の目的?」


「唯一絶対の『個』を目指す。そのために邪魔な存在を消す。それが『聖剣士狩り』の共通目的です」


「随分とぶっ飛んだ目的だな。神にでもなろうってのか?」


「なれるなら目指すでしょう」


 あっけらかんと答えるアルテナに、俺はもはや閉口するしかなかった。

 『聖剣士狩り』の目的が神に近い存在に至ることで、障害となり得る『聖剣士』を殺して回っているなんて過激派宗教そのものだ。

 アルテナが『協力関係』と強調した理由もわかった。唯一の存在を目指すなら、最終的には『聖剣士狩り』同士の殺し合いになる。それを理解した上で現状は共通の敵をターゲットにしているのだろう。


 色々な意味でとんでもない連中だ。

 正気の沙汰とは思えない。


「……『聖剣士』の俺に拘る理由はなんだ。お前はどうして俺に接触した」


 アルテナの目的が『聖剣士狩り』を倒すことだとするなら、わざわざ当てつけのように『聖剣士』を味方につける意味はあまりない。

 『聖剣士』は戦闘系特別職の中でもトップレベルに強力とされているが、同程度の力を持つ職業だって探せばある。何より重要なのは職業ではなく本人の実力だ。倒すことだけが目的なら、現役の最上級冒険者を味方にした方がいい。

 俺を餌に敵を誘き出す作戦、という可能性もあるだろうが……。それにしてはリトアに俺の名前が知られていると聞いた時のアルテナの反応が気がかりだ。


 深い理由があるのか、あるいは特に意味はないのか。

 その真意を問うと、アルテナは俺の予想の斜め上の回答を提示する。


「簡単です。『魔王』は『勇者』にしか倒せないので」


「おい、真面目に答えろ」


「私は真面目です」


 おどけた様子もなく言いきるアルテナにこちらがたじろぐ。

 まさか本気で言っているのか?


「クリスさんには教えましたよね、私の職業名。『魔剣士』は消因職業ロスト・スキルに分類されます。消因職業とは過去に何かしらのきっかけで発現者がいなくなったものを指す。

 消失した理由や時期は様々ですが、ある職業があります。それが『魔剣士』を始めとした『魔王』に縁のある職業です」


 『魔王』は『勇者』に滅ぼされ、双方の職業は消失したと語られている。

 1000年以上も前の話だ。しかもそれは単なる言い伝えで、実際に『勇者』だの『魔王』だのといった職業が存在していた確証なんかはない。


「ぶさけてんのか。そんなの御伽話だろ」


「事実です。少なくともはそれが真実だと信じている」


「どうして」


「そうでなければ説明がつかないからです。

 、私達は同じ時期に職業に目覚めました。住んでいる場所も血縁も考えも異なる私達が選ばれた理由はわかりません。ただ、自らの可能性を模索している中、私達は運命のようにに集まった。まるで身に宿る力が引き寄せ合ったかのように」


 偶然にしては出来すぎていると、アルテナは言う。


「私達の職業はそれぞれ異なりますが、ある共通点があります。それは『聖剣士』や『白騎士』の対になる『黒光』です。強弱はありますがどの職業でも黒い光を確認しています。

 私達はその共通点から聖なる力へ思考を発展させました。そしてある推論を導き出した。白光の聖なる力と対になる私達は闇の力を扱えるのだと」


「聖なる力と闇の力……それが『勇者』と『魔王』だと?」


「はい。しかしこの世界には『勇者』も『魔王』も存在しない。だからこそ考えました。力を対にする我々は『勇者』候補と『魔王』候補なのではないかと」


 ばかばかしい話だ。

 しかしそれで死人が出ているのも事実。

 『魔王』候補だから『勇者』候補を殺して将来のライバルを消しておく、ということだろう。

 単なる憶測だけでそこまで動く意味がわからない。どうしてこいつらはそうまでして『聖剣士』を襲うのだろうか。


「標的は『聖剣士』だけではありません。『白騎士』のオリアナさんは第二候補です。最も『勇者』に至る可能性が高い職業が『聖剣士』だと結論付け、まずは第一候補を消すことになりました」


「どうして『聖剣士』なんだ」


「伝承で語られる『勇者』に一番近しい力を持つのが『聖剣士』だからです」


「伝承の『勇者』……」


 俺が子どもの頃に読んだ本では、勇者は聖なる光を生みだす勇敢な人間として描かれていた気がする。

 勇者の冒険譚には色々な武具が登場する。

 剣はもちろん、槍や斧、盾など。その中でも圧倒的に使用率が高いのはやはり剣だ。


「クリスさん。時間はあまり残されていません。

 本来ならクリスさんと冒険者パーティーを結成し、強力な仲間を集めてから行動するつもりでした。しかしリトアに名前を聞かれてしまった以上、予定を早めるしかない」


「なに? リトアはそんなに強いのか。俺とお前がいれば……」


「リトアは私よりもずっと強いです。今の私とクリスさん、そしてオリアナさんを含めても……勝率は五割もないでしょう」


 あまりの数値に息を飲む。

 俺を負かしたアルテナよりも強いとなると、その実力は計り知れない。

 人は見かけによらないとはこのことだ。戦闘には向かない人間だと思っていたが、実際には戦闘の天才だったということか。俺の目は当てにならない。


「おそらくリトアはクリスさんが『聖剣士』のクリス・アルバートであるとは確信していない。だからこそ距離を縮めて情報を探ろうとしているのだと思います。手を打つなら今しかありません」


「リトアはどうして特例昇級試験を受けるんだ? 目的とは関係ないだろ」


「リトアの現在の目的はおそらくグランさんの殺害です。ですがグランさんは滅多に冒険者ギルド本部を出ず、単独で行動することもあまりない。だから冒険者になってギルド本部に潜入、グランさんと対面できる機会を得ようとしているのではないでしょうか。

 特例昇級試験を受けることについては、彼女の性格という他ありません。彼女は『特別』を好み、常に己が唯一の存在でないと気が済まない。手段の一つとはいえ、単なる冒険者では満足できなかったのでしょう」


 アルテナの返答を聞いて、俺はリトアに抱いていた疑問が解消した。

 リトアは特例昇級試験の資格者がもう一人いるという情報によくない反応を見せた。

 オリアナがそれでも珍しいことだとフォローをしても納得できない様子で、大したことはない制度だとため息を吐いていた。

 面倒な性格だ。だからこそ『聖剣士狩り』なんてことをしているのだろう。自分が『魔王』候補なのだと信じているなら、それに並ぶ存在を排除したがるのは明白だ。


「長く見積もって一週間。その期間で状況は大きく変わるはずです。リトアは愚か者ではありません。すでに独自に調査を始めているはず。確信とまではいかずとも、こちらがリトアを警戒していることは察知されてしまいます」


「一週間……お前、特例昇級試験はどうするんだ」


「諦めたくはありません。せっかくクリスさんが一生懸命手書きで教えてくれて、オリアナさんも参考書を貸してくれました。できることならリトアを倒し、正式に冒険者パーティーを結成したい」


 沈鬱な表情で語るアルテナ。

 もともと『聖剣士狩り』に対抗するためにパーティーを結成しようとした。

 しかしその『聖剣士狩り』との戦いが予想以上に近くに迫っていた。

 だとするなら、もはや拘っている暇はない。

 リトアを倒せば冒険者パーティーを結成し、さらなる戦いに備えることができる。しかし、


「私が冒険者パーティーを結成できない時は、きっと私はリトアに殺されているでしょう」


「弱気なこと言ってんな。まだ何も始まってねえだろうが。こっちだって貴重な労力割いて勉強に付き合ってやったんだ。死んで全部投げ出すなんてのは楽な方に逃げてるだけだぞ」


 言いきって、俺は内心で自嘲する。

 今の言葉はアルテナへ向けたものではない。俺自身に向けたものだ。

 落ちるのは簡単だ。手放すことだっていつかは慣れる。どうせ地獄に落ちると思いながら坂道を転がることほど楽な人生はない。

 だが、そんな人生を生きて、死んだところで意味はない。死に様すら空虚でいたら、なんのために産まれてきたのかわからないだろう。

 だからこそ変わらなければいけないのだ。たとえそれが小さなきっかけだったとしても、好転すると少しでも思ったなら。


 アルテナはしばらく沈黙し、なにかを決心したように一人小さく頷く。


「……そうですね。クリスさん。私と共にリトアを倒して、冒険者パーティーを結成してください」


「最初からそのつもりだ、アホ」

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