第21話 聖剣士狩り

「リトア・ガーネット? お前が……」


 思わぬ人物名に俺とオリアナは目を見開く。


「あら、私のことを知っているの?」


「俺の連れが特例昇級試験を受ける予定でな。その関連として小耳に挟んだ」


「ああ、そう。……特別だと聞いたのだけれど、案外大したことないのかしら」


「そんなことはない。貴女を含めて二人のみだ」


 何故だか落胆したような様子のリトアに対して、オリアナが補足説明する。

 リトアは確か『最上級冒険者三名以上の推薦』という条件を満たして特例昇級試験の切符を手にしたという話だったか。

 アルテナの実力は俺が保証するとして、リトアが最上級冒険者を認めさせる程の実力を持っているというのは驚きだ。言っちゃ悪いがあまり強そうには見えない。


「二人だけ……ね」


 思わしくない顔で呟くリトア。

 いったい何に引っかかっているのだろうか。


「ちなみにもう一人の資格者は、どんな人なのかしら」


 問われて、俺は少し逡巡する。

 アルテナがリトアの名前を聞いた時の反応から見るに、おそらく無関係の相手ではない。

 どういう意味での関係性があるのかはわからないが、ここでアルテナの名前を出していいものか。

 そもそもリトアとアルテナを引き合せていいのかさえ疑問だ。


 勉強会への参加を仮了承したはいいが、これはアルテナ本人に確認を取るまで黙っていた方がいいか。


「俺の伝手で幹部の推薦を受けた奴だ」


「そう。名前は――」 


「クリス。そろそろ日が沈む。『冒険者ライフ』を取りに家に寄りたいし、帰らないか?」


 意図的に名前を伏せて答えたはいいが、案の定追撃をされて危うく詰むところだった。

 オリアナを見るとこちらの意図を察している様子で、視線で合図を送ってくる。

 俺は小さく頷いてから、オリアナの提案に反応する。


「ああ、もうそんな時間か。すまないリトア。このあと予定があってな。また明日、頼む」


「……ええ、わかったわ」


 釈然としない様子ながら頷いたリトア。

 俺とオリアナは軽く挨拶をしてその場を後にする。

 俺の隣を歩くオリアナに視線を向けずに言葉をかける。


「助かった」


「礼には及ばんさ。訳ありな気配は感じていたからな」


 二年間顔を合せなかったとはいえやはりかつての仲間だ。

 俺の意図を瞬時に汲み取ってくれたのには感謝しかない。

 オリアナも視線は前方に固定したまま言葉を続ける。


「それに、あの女はどうも胡散臭い」


「リトアか」


「ああ。あれは蛇だ。気をつけろクリス。あの笑みの下にどんな怪物が潜んでいるのかわからないぞ」


 いつになく真剣な顔で言ったオリアナに、俺は沈黙で返した。

 確かに、よくない空気は感じた。

 特に俺の名前を聞いてからの反応は少しおかしかった。なにか、狙いをこちらに定めたかのような……。





 リトアと別れた後、参考書を取りにオリアナの家に寄った俺たちは夕暮れになって冒険者宿に到着した。

 初級編から上級編までしっかりとあることを確認して、冒険者宿の出入り口でオリアナと別れる。別れ際に明日も来ると告げて彼女は帰路についた。


 部屋に着くと扉は新品のものと取り換えられていた。

 鍵は今まで通りだったのでいつものように部屋に入ると、用事があるらしかったアルテナはベッドに座って俺の手書きの資料を読んでいた。 


「あ、クリスさん。お帰りなさい」


「ほれ、参考書だ」


「ああ、どうもありがとうございます」


 『冒険者ライフ』が入った紙袋を手渡してやると、アルテナは即座に中身を確認する。

 確認して、眉を下げた。


「思ったより一冊が分厚いです……」


「こんなもんだ。オリアナの厚意だからな、観念して勉強に励め」


「……はい」


 あからさまにため息をついて本を取り出すアルテナ。

 これから本格的に追い込みが始まるのだから、テンションも下がるだろう。


「勉強を始める前に聞きたいことがある。いいか?」


 重い足取りで机に向かうアルテナを呼びとめる。


「はい、なんですか?」


「今日、もう一人の特例昇級試験の資格者と偶然出くわした」


「特例昇級試験……まさか、リトアですか?」


「ああ」


 俺が肯定すると、アルテナは表情を強張らせた。

 参考書を机の上に置き、俺の前までやってくると、


「その人物の身体特徴を教えてください」


「……どういうことだ」


「いいので、早く」


 何やら焦った様子でこちらを急かしてくるアルテナ。

 やはり関係ありか。

 ただ自分が知る人物と同一の存在なのか半信半疑ということなのだろう。

 アルテナの本心を知るまたとない機会だ。俺は正直に答える。


「身長は160後半程度。髪は黒で瞳は赤。常に笑みを浮かべてる奴だ」


「……間違いない」


 小さく呟くアルテナ。


「知り合いか?」


「クリスさん。あなたは彼女に名前を聞かれましたか」


「こっちの質問はスルーかよ……聞かれたっていうか、聞き取られた」


「認知されたんですね?」


「まあ、そうだな」


 答えると、アルテナは数歩下がって額に手を当てる。

 眉を寄せ、若干歯を食いしばっているようにさえ見えた。

 あまりに大きなアルテナのリアクションに流石にただ事ではないとわかる。


「リトアはなんて?」


「……名前は伏せておいたが、特例昇級試験のために勉強している奴がいることを話した。そしたら同じように教えてほしいとよ」


「了承したんですか」


「保留だ。お前に確認を取った方がいいと判断した。明日の昼頃、結果を知るためにここに来る」


「拠点まで知られているんですか!」


 アルテナは声を上げた。

 俺を置き去りにして一人で一喜一憂するアルテナにそろそろ苛立ってくる。


「拒否します。それと、私の名前は今後も伏せていてください」


「それはいいが、説明くらいしろ。さっきから何を警戒している」


「それは……。いいえ、そうですね。流石にここまできてしまったらむしろ黙っている方がリスクが高いかもしれません」


 俺が問い詰めると、アルテナは観念したように息を吐く。

 しばし瞑目し、数秒の間を置く。

 そして覚悟を決めたような顔をしてアルテナは目を開き、青い双眸をこちらに向ける。


「クリスさん。あなたが今日出会った女性、リトアこそが『聖剣士狩り』です」

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