第19話 仲間
「買い物の予定が無くなったようなので、私は別の用事を済ませてきますね」
「別の用事? なにかあるのか」
「はい。冒険者ギルドの方で、少しだけ」
アルテナはそう言うと席を立ち上がる。
近頃はそこそこ表情豊かに見えたが、今は出会った時と同じような無表情をしている。
どんな心情の変化があったのかわからないこちらとしては戸惑うばかりだ。
「それでは失礼します」
「あ、ああ」
頭を下げてから立ち去るアルテナを見送り、残された俺とオリアナは何とも言えない空気に包まれた。
明らかに様子がおかしかった。
リトアという人間と何か関係があるのか。あまり良くない関係であることは確かだろう。
アルテナは自分のことを話したがらない。
俺自身も無理に追及する意味もないと意識的にそういった話題に触れないようにしていたが、そろそろ腹を割って話し合う必要があるのかもしれない。
パーティーとは家族も同然だ。同じ飯を食い、同じ夢を追う、運命共同体。悩みや秘密を共有できないパーティーは信頼関係なんて築けるはずもなく、すぐにでも限界に直面する。
冒険者として上を目指していた頃は仲間同士の確執や抗争で潰れていったパーティーをいくつも見てきた。そして俺自身もそんな運命を辿った。
俺はアルテナが
単に力を持つ俺を利用して目的を果たしたいのだと勝手に解釈し、決闘に破れた身分ゆえに半ば奴隷のつもりで付き添っていた。
しかし共に過ごしたこの数日間で、アルテナの本当の目的がどこにあるのか改めて考えさせられた。
アルテナにとっての冒険者パーティーとは何なのか。冒険者パーティーを結成して何を成したいのか。いったい何を目指し、どこに向かおうとしているのか。
「クリス?」
「……ああ、なんでもない」
黙りこくって考え事をしていたらオリアナが愁眉な面持ちで声をかけてきた。
俺が真面目な顔で沈黙なんて柄でもない。オリアナに無用な心配をかけさせてしまったことを申し訳なく思う。
「さて、これからどうするかね。俺としては部屋に籠っていてもいいんだが、今は扉の修理で出入りできないしな」
「そ、それについては本当にすまない。クリスが逃げるかと思ったら居ても立ってもいられなくて」
「個室に閉じこもってどう逃げるんだよ。壁でもぶち抜くのか?」
「ぶち抜かないのか?」
「……お前、俺をなんだと思ってんだ」
「脳筋オバケ」
グッと押し黙る。
確かにそうだけども。俺にだって常識はある。
オリアナは本当に俺のことが好きなのだろうか。思い返してみてもバカみたいな姿しか見せていないし、惚れる要素が皆無な気がする。
俺に声をかける女なんて大抵は見た目だけで人を判断する尻軽か、地位や名誉に目が眩んだ守銭奴だ。オリアナがそんな低俗な部類の女とは思わない。本当に出会いの第一声だけで惚れたとするならちょっと心配になるが。
「予定がないなら私とデートしないか?」
「買い物なら付き合うが、デートとなると無理だな」
「なんだ、つれないな。まだティオナを諦めていないのか?」
「一途なんでね。クズはクズなりに矜持がある。俺はアイツが幸せになるまでは
そのティオナは今、あまり良くない環境にいるようだが。
それについてはレインと話し合う必要がある。
負け犬の分際でパーティーのあり方を語るなんて滑稽以外の何物でもないが、俺の行動の源泉は昔から変わらずティオナだ。善行も悪事も俺の胸の中心には必ずティオナがいた。
今はレインと対面することにそれほど恐怖はない。『人は未知をこそ最も恐れる』とは誰の言葉だったか。グランの爺さんとオリアナからレインの現在を告げられて、亡霊のように背後に張り付いていたレインの影にも形があることを理解できた。
『剣神の寵児』も人であることに違いはない。パーティーの元リーダーでなくとも幼馴染として物申すくらいの度胸はあるつもりだ。
ティオナへの変わらない想いを伝えると、オリアナは頬を膨らませてわかりやすく不機嫌な素振りを見せる。
「……ふんっ、ティオナは友人だし嫌いじゃないが人を見る目だけは疑うな。いっそレインを殴り倒して強引にくっつけてやろうか」
「そんなことを仕出かしたら俺がお前を殴り倒す。それに人を見る目が怪しいのはお前も同じだ」
「なにを言うか。私の目に狂いはないさ。人を見る目だけには自信がある」
「……はぁ。グランの爺さんといいアルテナといい、どいつもこいつも変なところに自信持ちやがって。
こっちは足りないものばかりで八方塞がりだっていうのに。
技術じゃレインに勝てなかった。
知識じゃティオナに勝てなかった。
判断力じゃシオンに勝てなかった。
大局的見地じゃオリアナに勝てなかった。
俺にあったのは『聖剣士』という職業だけだった。それも大したことない才能だと知った。
グランの爺さんは俺にはリーダーの素養があると言ったが、それならここまで落ちぶれちゃいない。『聖剣士』でなかったら俺は本当に誰にも必要とされない人間なのだと思い知る。
俺がこんな大それた職業を手にしたのが果たして幸運だったのか、今となっては曖昧なところだ。ティオナの希望を尊重して三人で村に留まっていた方が幸せだったかもしれない。
「そうだろうか。クリスも十分
「世辞はいい。らしくないぞ」
「お世辞じゃないんだが……。少し卑屈になったな。その点は良くないと思う」
「生憎と二年間で骨身に染み付いちまってな。改善の余地はない」
「そうか。なら四年かけて私と一緒に直していこう」
「……お前は、本当にどうして」
至って真面目な顔で滅多なことを言ってのけるオリアナに、俺は言葉を返せなかった。
オリアナは口にしたなら必ず実現に向けて動く。四年かけて改善すると言ったなら、本当に四年間俺から離れはしないだろう。
いい女、というのは彼女のような人間を指すのだと実感する。
たかだか22年だがそれなりに出会いを経験してきたつもりだ。しかしそれでもオリアナほど思慮と愛情が深い女性は記憶にない。ティオナといい勝負だ。惚れた弱みがなければ、もしかしたらオリアナの方に目が向いていたかもしれない。
「デートとは言わない。久しぶりに街を歩かないか? 変わっていないように見えて実は結構変わっているんだぞ」
まるで俺の過去の全てを許すようなオリアナの柔和な笑みを直視できず、視線を避ける。
見えない光に目が眩む。
一つだけ、村を出て冒険者になって良かったことがあるとすれば。
それは彼女のような『仲間』に巡り合えたことだろう。
人との巡り合わせも才能だとするなら、俺も多少は
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