第18話 もう一人
俺の合図に気づかなかったアルテナはパスタを食べ終えてデザートに突入するも、流石に話が長いと思ったようでこちらにやって来る。
必要な話はとっくに終わっていると告げると、アルテナは不機嫌な顔を見せた。
「お話が終わったなら声をかけてくれればよかったのに」
「手を振っただろ」
「あれじゃわかりませんよ。私はてっきり遊んでいるのかと思っていました」
「なわけあるか。いつからそんなおふざけをし合う関係になったんだ?」
「……確かに」
眉を潜めながらも府に落ちたように頷くアルテナ。
オリアナが可哀想な子どもを見るような目を向けているが、察する様子はない。
「情報はおおかた交換したが、少し確認を取りたいことがある。いいか?」
「私ですか? どうぞ」
「オリアナがな、お前がこれからつくる予定のパーティーに加入したいらしいんだ。その点で発足者であるお前としては何かあるか?」
「私達のパーティーに? それは……そうですね、」
「ま、待ってくれ! クリスがリーダーじゃないのか!?」
俺の質問にアルテナが考える素振りを見せると同時に、オリアナが慌てた様子で割って入ってきた。
そう言えば二年間の経緯は説明したが、アルテナとの決闘の件に関してはグランの爺さんにもオリアナにも言っていなかった。
パーティーを結成すると言ったら俺がリーダーになると思うのも当然か。アルテナはまだ初級冒険者だし、経験は圧倒的に俺の方が上だ。
「訳あってな。パーティーの結成を発案したのはアルテナだ。俺はアルテナが初級以上の冒険者になることをサポートしている」
「そ、そうだったのか……しかしどうして」
「それは言えん」
アルテナに本気の決闘で惨敗したなんて恥ずかしくてとても説明できない。
「それで、アルテナ。どうなんだ?」
「はい。オリアナさんの職業は確か『白騎士』……でしたか?」
「ああ。よく知っているな」
「有名ですから。『白騎士』はぜひとも仲間に加えたいです」
「『聖剣士』だけが欲しいわけじゃないんだな」
「主目的は『聖剣士』です。しかし可能性の二として『白騎士』などの協力者を募る予定ではいました」
アルテナの口ぶりからすると、とにかく戦闘系特別職が欲しかったということか。
確かにそれなら『聖剣士』は外せないだろう。戦闘系特別職の中で最も強力で数が少ないとされているからな。
アルテナ自身が
「これは思いがけない出会いに感謝しなければいけませんね」
「感謝すべきはこちらだ。君がいなければ私はクリスと出会うことはなかっただろう。どうかこれからよろしく頼む」
「はい、よろしくお願いします」
「それと、一つ。クリスは譲らん。それだけは言っておく」
「えっと……ああ、はい。わかりました?」
俺は顔を手で覆った。言われたこっちが恥ずかしくなる。
目の前に俺がいるっていうのによくもまあ堂々と宣言できるものだ。
アルテナも困った様子で頷く。
オリアナはこの二年間で相当に積極性が増したようだ。日常的にレインと喧嘩をしているからだろうか。いい変化なのか悪い変化なのかは分からない。
「さて、それではそろそろ本来の仕事をしようか」
「……ああ、そういえば買い物に行くんだったな」
「デートか?」
「違う。コイツが特例昇級試験とかいう制度を使って飛び級したいらしくてな。実力は折り紙つきだが知識がからきしなもんだから参考書を買いに行こうって話になったんだ」
アルテナを顎で指して説明すると、当の本人は縮こまる。
話を聞いたオリアナは顎に手を当てて視線を漂わせ、それからアルテナを見る。
「参考書というと『冒険者ライフ』か? それだったら持っているぞ。なんなら貸してもいいが」
思えばオリアナも冒険者だ。
真面目な彼女だ。最上級冒険者の地位に至っても参考書を保管していたのだろう。
俺は古くてボロボロになったからと捨てて以降、新しい参考書を買うことはしなかった。正直最上級まで上がると記憶と経験で大抵のことはどうにかなるのだ。
思っても見ない申し出にアルテナはすぐに食い付く。
「本当ですか? それなら是非とも貸していただきたいです」
「ああ、わかった。特例昇級試験はいつ頃だ?」
「まだ日程は決まっていませんが、あと一週間ほどかと」
「なら今日中に渡そう」
オリアナの厚意によって金を使わずに参考書が手に入る流れになった。
アルテナの所持金がどれほどかは知らないが、タダで済むならそれに越したことはない。
「しかし特例昇級試験か。最近できた制度で条件もかなり厳しいというのに、この期間に
「二人? アルテナの他にも受ける奴がいるのか?」
「ああ。私も話に聞いただけだが、タイミング的にアルテナと一緒に試験を行うんじゃないか?
何でも『最上級冒険者三名以上の推薦』という条件を満たしたらしくてな、一部じゃその話題で盛り上がっているよ」
「それはすごいな。職業はなんなんだ?」
「ライセンス明記は行っていないらしいから本人の証言だけだが『騎士』という話だぞ」
俺は驚いて目を見開く。
汎用職の『騎士』で最上級冒険者三人を認めさせるとは相当の功績だ。
『騎士』は耐久力がとにかく高く、筋力などに『剣士』以上の能力補正がかかる。基本的に先頭に立って味方を護る役割が採用される。
戦闘系職業の中では当たりの部類だが『剣士』や『回復術師』の汎用職に比べて実戦の重要度は低い。それにも関わらず特例昇級試験の資格を掴み取ったということは、本人の実力がずば抜けて高いことを意味している。
「思わぬライバル出現だな、アルテナ」
「はい、これは予想外です。その人の名前などはご存知ですか?」
「名前か? たしか……『リトア・ガーネット』だったか」
「リトア?」
名前を聞いた途端、アルテナの表情が険しいものへと変わった。
アルテナの急な変化に困惑する俺とオリアナは顔を見合わせる。何か不味いことを言ったかと問いたげなオリアナに首を横に振って応えておく。
「どうしたんだ?」
「いいえ、何でも。聞き覚えのある名前と思いましたが、記憶にないので恐らく勘違いでしょう」
「……そうか、ならいいが」
何でもないと言いながら、どうにも煮え切らない様子のアルテナ。
本当は知り合いなのか。同じ名前の誰かを知っているのか。
全く無関係な様子ではないのは明白だが、ここで問い詰めてもあまり意味はない。どうせ一週間後に顔を合わせることになるのだから。
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