第17話 オリアナの鬱憤
「これ、飲み物です」
「……すまない」
怒りは収まったものの未だにアルテナに対して思うところがあるのか、オリアナは差し出されたコップをわずかに躊躇ってから受け取った。
場所は冒険者宿の食堂。騒ぎを聞き付けた他の冒険者や職員が集まってきて部屋に留まることができなかった。
ついでに破損した扉について職員に説明し、オリアナが後日弁償することになった。
俺はグランの爺さんの時と同じようにオリアナに二年間の生活を伝えた。
本当は話したくなかった。
しかし黙ったままでいると今のオリアナが何をしでかすのかわからない。
「こっちの事情は概ねこんな感じだ。すまなかったな、色々と」
「クリスが謝ることはない! 私がお前から目を離さないでいれば……」
正直な話、俺はオリアナに失望されていると思っていた。
なにせ実力不足を理由にレインを追い出しておいて、たったの一年で追い抜かれた愚か者だ。加えて逃げるようにして王都を出て全ての友好を断っている。
こんな人間がリーダーをしていたなんて笑い話にもならないだろう。
この二年間、オリアナは俺のことを探していたのだろうか。
だとすると申しわけない。
「爺さんから聞いたぞ。最近レインと仲が悪いそうだな。もしかして俺のせいか?」
「ち、違う! ……いや、多少はそれもあるかもしれないが、そうじゃないんだ」
「どうしたんだ」
「……それは」
オリアナは顔を上げてこちらを見ると、俺の横に座るアルテナに目を向ける。
何かを言おうとして口を閉ざし、それを数度繰り返すのを見て流石のアルテナも察する。
「私は邪魔でしょうか」
「……まあ、そうだな。あまり関係ない奴に話したいことでもないだろう。少し席を外してくれるか?」
「はい。私は別の席に移動しますので、終わったら声をかけてください」
「ああ」
「すまない」
「いえ、気がきかなくてすいません」
アルテナが席を立ち、遠くの一人席に座るのを確認する。
それをジッと見ていたオリアナは小さく呟く。
「いい子だな。私は酷いことをした」
「自覚できるだけマシだ。……それで?」
「ああ、私とレインのことだったな。何から話せばいいか……。クリスは私達のパーティーについてどこまで知っている?」
「グランの爺さんから聞いた限りだと、単独行動ばかりでパーティーの存在意義がないとかって話だったな」
「まあ、大雑把に言えばそんな感じだ」
オリアナは首肯して答えた。
「レインがリーダーになってパーティーの方向性は変わった。今までの方向性もしっかり把握していたわけじゃなかったが、とにかく
「まあ、間違っちゃいない。俺はリーダーとして冒険者のトップを目指していた。今は違うのか?」
「ああ。
「それは……」
「クリスも知っているだろう。レインの武勲を。あいつの行動範囲は冒険者としての領域を越えている。冒険者として動いているんじゃない。冒険者として
レインは強いからいい。あいつ一人で何でもできる。だが私……ティオナやシオンは違う。私達は冒険者としてしか動けない。あいつが一人で、私達にはどうにもできない事件に首を突っ込んでいると、私達は生活そのものが困難になるんだ」
テーブルの上に乗ったオリアナの手が固く握られる。
苦しげに歯を食いしばり、今にもまた怒りが爆発しそうな雰囲気だ。
「……だがそれはいい。百歩譲って構わないと言える。しかしだ! しかし、私はあいつの態度が気にくわない!
私に対してならいい。私は初期メンバーではないからな。どれだけ親密になろうが一線を引かれるのはわかる。だが奴は長年連れ添っているティオナすら気にもとめない。彼女がどれだけの想いで、痛みに耐えて、支えようと頑張っているのか。レインは理解しようとしない。
レインは私達とは違う場所を見ている。私達を意図的に遠ざけようとしている気さえする。私には、あいつの考えていることがわからない……」
強すぎるがゆえの弊害。
実力差が開くと見据える景色が変わるというのはよくある話だ。
冒険者ギルド最高の階級である『最上級冒険者』ですら歯牙にもかけないレインが見ている場所は、オリアナ達にとってはきっと暗闇に等しいだろう。
一時は
オリアナの言葉の端橋から分からせられる。レインは俺なんかとは違う次元にいるのだと。
だが疑問にも思う。俺はいい。俺はレインを追放した張本人だ。決闘で無様に敗れた俺はレインからすれば路肩のゴミ同然だろう。
しかしオリアナやシオン、幼馴染のティオナを邪険に扱う理由がわからない。強くなりすぎてたからと言ってもそこまでの視野の変化が起きるだろうか。
「なら、今はどうしてるんだ」
「ティオナはレインに着いて何かしている。詳しくは知らないし、知りたくもない。シオンについては私と同じく単独行動だ。たまに一緒に依頼を受けたりもするが……以前のような親交はない」
多少は横の繋がりがあるのかと思ったが、そうでもないらしい。
あまりの現状に俺は思わず嘆息してしまう。
「ほとんど無所属と一緒じゃないか」
「ああ、そうだな」
「脱退とかは考えないのか?」
「考えた。何度も何度も考えた。でもできなかった。クリスが私をパーティーに導いてくれたんだ。抜けることなんてできなかった。私はクリスがつくったこのパーティーのことを誰より想っていた。レインなんかよりよっぽどな」
「……そうか」
オリアナを見つけた当時、珍しい特別職を持っているという理由だけで声をかけた。
その時は、特別職持ちなのに誰にも声をかけられていなかったことについて『運がよかった』程度にしか思っていなかった。
一緒に冒険者として活動していて、互いに信頼を深め合った時だ。オリアナが貴族の生まれだと告白してきたのは。
流石に驚いた。貴族の生まれなら王国騎士を目指せばよかったものを、まさか泥臭い冒険者になるなんて考えもしなかったのだ。
冒険者は家柄や血統関係なく一攫千金を狙える唯一と言っていい職だ。すでに約束された地位がある人間がわざわざ冒険者になるなんていう例は珍しいし、そういうことに敏感な奴は貴族を毛嫌いする。
オリアナの生まれについて俺たちは驚きはしたが、それ以上の反応はなかった。
俺は能天気で何も考えてなかったし、ティオナとレインはあの性格だ。他人のあれこれを批判するような人間じゃない。
珍しい職業持ちの仲間が珍しい生い立ちをしている、程度の認識で俺たちはオリアナを受け入れた。若かったというのもあると思う。純粋だったのだ。
それについてオリアナが大きな恩義を感じているなんて想像もしていなかった。
俺が声をかけたのだって言ってしまえば偶然だ。
オリアナを見つけた時、本当なら同じ女性のティオナが接触する算段だった。ただティオナは人見知りで声をかけられないと言うから、結局ジャンケンで俺になった。
あの時俺ではなくレインがオリアナに声をかけていたら、彼女はレインに惚れていたのだろうか。
「ただ、もう我慢はしない。私はパーティーを抜けるよ」
「ん? 突然どうしたんだ」
「クリスが今目の前にいるからな。お前がここにいるならもうあのパーティーに拘る必要もない」
「それは俺にパーティーをつくってほしいってことか?」
「ああ。というか、つくっていないのか? 彼女と行動を共にしているから私はてっきり……」
「あー、それについてはな。あいつ初級冒険者なんだ。これから特例昇級試験を受けて、それからパーティーをつくることになってる」
チラリとアルテナの方を見ると、遠くの席からこちらの様子を窺っているアイツと目が合う。
「呼んでも構わないぞ。言いたいことを言って気分も良くなった」
「あ、ああ……」
なかなか鬱憤が溜まっていたようだ。
レインの奴。オリアナをここまでキレさせるなんてな。もはや才能と言ってもいいのではなかろうか。
たしかレインはいま他の『聖剣士』を探して世界を飛び回っているらしいが、それだって言ってしまえばアイツの仕事とは言えない。全国の冒険者ギルド支部に連絡網を回して捜索すればいいだけだ。
レインは俺と違ってバカじゃない。なにか考えがあるとは思うが……。もしかして追放を黙認したオリアナ達に復讐をしているのか?
なにはともあれ、だ。
パスタを頬張りながら視線だけをこちらに固定している間抜けなアルテナに向かって手を振る。
するとアルテナは手を振り返してくる。食事の手は止めない。
さっき昼食をとったばかりだったはずだが。タダ飯だから別にいいけど。
「……気づいてないんじゃないか?」
「しばらく放っておけ」
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