第16話 予期せぬ再開

「どうしました?」


「……いや」


 すぐ背後で怪訝そうに聞いてくるアルテナ。

 コイツからしてみれば挨拶の途中で扉を閉めた俺はキチガイ以外の何物でもないだろう。

 仕方がない。もしかしたら俺の無意識の恐怖が生み出した幻想かもしれない。意を決して再び扉を開けてみる。


「……お前、クリスか?」


 全力で扉を閉ざす。

 鍵をかけて外部からの侵入を防ぎ、早足で扉から遠ざかる。


「アルテナ。俺は体調がよろしくない。護衛の冒険者とお前の二人で出掛けるんだ、いいな?」


「え? でも護衛はクリスさんのために」


「いいから! ……俺は、寝る」


「そんな、急にどうしたんですか?」


 頼む! 俺の気持ちを汲んでくれ!

 こんな時ばかり信頼関係を望んでしまうとは我ながら最低だと思うが、今はそれどころではない。

 オリアナだぞ。間違いない。同名の別人とか他人の空似とかそんな次元じゃない。アレは間違いなく俺が知るオリアナだ。


 クソ、なんてことだ。

 まさか数多くいる王都の最上級冒険者の中でアイツと当たるとは。

 運が悪いにも程があるぞ俺。


「とにかく俺はそこのクローゼットに入る。お前はその間に外へ出ろ」


「クローゼットに? 寝るんじゃないんですか?」


「たまには変わった場所で眠りたくなることもあるんだよ。いいから俺の言うことを――!」


 アルテナの肩を掴んで説得していると、突然背後からバゴンッ! と強烈な音が響いた。

 嫌な予感がして振り向いてみると、鍵をかけたドアノブが木製の扉の一部と共に無理やり捩じり取られていた。


「マジかよ」


 戦慄した。

 公的建物をこうも平気で破壊する人間がいるなんて。

 賊かなにかか。間違っても最上級冒険者の所業ではない。


 あまりの光景に硬直していると、ドアノブがあったはずの穴を白い手が掴み、扉が開かれる。


「いままでどこにいたんだ、クリス……」


 ゆっくりとした足取りでこちらに向かってくるオリアナ。

 男勝りな瞳が殺意を宿して鋭利に尖っている。


 俺はアルテナから手を離して後ずさった。


「ひ、人違いだ」


「『聖剣士』の護衛と聞いて少しだけ期待はしていたんだ……。まさか本当にお前だったとはな」


「聞け!」


「お前がいなくなってから私達のパーティーは壊滅した。レインはダメだ。奴には人の心がわからない」


「おい、オリアナ。お前の精神状態は明らかにおかしい。どうしたんだ」


「私がおかしい、だと……? 私をこんな風にしたのはお前だろうがッ!」


 オリアナは能面のような表情を憤怒に歪ませ、こちらに迫ってくる。

 本当にコイツは俺の知るオリアナだろうか。二年前とは中身がまるで別人だ。昔は落ち着いていて思慮深く、貴族の出に相応しいたおやかな性格をしていた。


 攻撃されると判断した俺は臨戦態勢に入るが、俺とオリアナとの間に割って入った存在によって状況が変わる。


「待ってください」


「誰だ、貴様は」


「アルテナです。現在は諸事情あってクリスさんと行動を共にしています」


「なに……?」


 ただでさえ狂騒なオリアナの瞳がさらに険しく光る。


「クリス、お前は一途な奴だ。ティオナをどうにかしなければ一生なびかないとは思っていた。だからお前がレインに負けた時、私は嬉しかったんだ。お前が危惧していた、レインにティオナを奪われる可能性が実現したからな……。

 これからは私の番だ。そう思ってお前のことを一日中看病していたのに、少し目を離した隙にいなくなって。二年間も姿を眩ませて……。そしてこうして再会してみれば、アルテナだと……? なんだその女はッ!」


 オリアナはアルテナを指さして激昂する。

 レインに負けた後、俺は冒険者宿で目覚めた。あのとき感じた形跡はオリアナのものだったのか。

 時間としてはちょうど夕暮れ時だった。恐らく夕食を取りに行っていたのだろう。

 絶妙なタイミングの入れ違いだ。当時としては幸運だったが、今となっては不幸以外の何物でもない。

 現実から逃げてきたツケがここにきて一気に押し寄せてきているんじゃなかろうか。


「待て、違うんだ! っていうか、お前、俺のことが……」


「好きだったよ! 好きだったさ! 貴族の家系出身の冒険者で忌避され孤立していた私に声をかけてくれた唯一の人間がお前だった! 私にとってお前は何より大きな存在だったんだ!

 なのにお前は私の気持ちなんて欠片も察してくれなかった。くれなかったのに……ふざけるなッ!」


「落ち着いてください。私とクリスさんはあなたが想像するような関係ではありません」


「黙れ小娘! 少しだけ私より若いからといって調子に乗りやがって!」


「若いことは事実ですが調子には乗ってません」


「殺す!」


「どうして」


「アルテナ! お前はいつも一言多いんだよ! 人の神経を逆撫でするな!」


 困惑するアルテナをつい叱りつけてしまう。

 天然を発動している場合ではないのだ。自重しろ。


 腰から刃物を抜いたオリアナがアルテナに向かって振り上げる。

 まずい、このままでは殺し合いになる。

 そう思った俺はアルテナを庇うように前に出て、刃物を手にするオリアナの右手を掴む。


「……おい、狂乱するのもほどほどにしろよオリアナ。こっちだって色々あんだよ。アルテナを殺すつもりならまずは俺と闘え」


「そ、それは!」


「落ち着け! ……いいな?」


「くっ」


 オリアナは唇を噛んで反抗するが、振り降ろそうとしていた刃物は腰に収める。

 ……クソ。最悪のパターンはいくつか予想していたが、流石にこれは想定外だ。

 オリアナがあまりにぶっ飛んだ行動をしてくれたおかげでこっちはむしろ冷静になってしまった。


「経緯は話す。謝罪もする。だからそっちのことも聞かせてくれ、頼む」


「……わかった。取り乱してすまない。こんなことをするつもりはなかったんだ。本当に」


「わかってるよ。お前はそんな奴じゃない。そこまで追い詰められていたんだろ?」


「クリス……やはりお前は優しいな」


「優しくなんてねえよ。あんまり皮肉んな」


「ひ、皮肉を言ったつもりはないのだが」


「あの」


 こちらに縋りつくオリアナの背中を叩いていると、横からアルテナが控えめに声をかけてくる。

 いまはデリケートな感じだから黙ってろと目で訴えるが、そんな意思の疎通なんてできるはずもなく。


「お取り込み中のところ申しわけないのですが、買い物はどうします? あと、あの扉も」


「ああ……」


 今度は俺が発狂してしまいそうだ。

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