第15話 護衛の冒険者

 冒険者宿に泊まってから三日が経った。

 外出申請をしたものの、護衛の最上級冒険者がなかなか捕まらないということで外出はまだできていない。

 この三日間は俺が持ち得る知識をできる限り言語化したり紙に書いたりしてアルテナに理解できるように教えていた。

 一日中つきっきりだからアルテナは日に日に憔悴している。その成果もあってか薬草の知識ついてはほとんど完璧で、あとは参考書で再確認すればなんとかなる程度まで学習が進んでいた。


 男女の同室ということで宿の人から何かと絡まれたりもしたが、俺は断固として否定する。

 堕落したとはいえ節操無しになった覚えはない。ティオナへの気持ちが無くなったわけでもないのだ。

 ティオナはレインのために頑張っているようだ。今さら振り向いて欲しいなんておこがましい願望を抱くことはない。今はただ幸せになってほしい、俺の願いはそれだけだ。


 そして昼。

 俺は部屋で一人、自分で書いた資料を確認しながら午後からの『授業』を考えていた。

 先生になるとは言ったがまさか本当に先生になるとは思わなかった。少し教える程度だと高を括っていたのだが、一度始めてしまうと思いのほか没頭してしまう。


 アルテナに「私より熱中してませんか」と言われた時はドキリとしたが、「そう思うんだったらお前がサボっているだけだ」と返して誤魔化した。

 昔に嫌々覚えていたことが今になって楽しく感じるなんて、俺もなかなか歳をとったものだ。


 当のアルテナは冒険者宿の食堂で昼食を食べている。

 アイツは宿の飯代をギルドが負担してくれるということで遠慮もなく飲み食いしている。酒は頼んでいないようだが、食い意地の悪さは俺以上だ。


「――クリスさん!」


「うお、なんだよ」


 噂をすれば、珍しく声を上げて部屋に入ってきたアルテナに驚く。


「護衛の最上級冒険者の方が見つかったらしいです。先ほどギルドの職員の方から報告を受けました」


「本当か!」


 ようやく執筆生活を脱せられる。

 三日間で俺が使った紙は百枚以上。それもみっちりと書き連ねている。

 正直手が限界に近かった。『聖剣士』が腱鞘炎とか笑い話にもならない。


「護衛任務から帰還した最上級冒険者の方が今朝ギルド本部に立ち寄ったらしく、二つ返事で了承してくれたそうです。今日の昼過ぎには間に合うと言っていました」


「昼過ぎ? もうすぐじゃねえか。早いな」


「軽く身支度をするだけらしいので」


 そいつは朗報だ。

 俺は手に持っていた紙を机に置いて軽く伸びをする。


「だったらもうこの資料もいらねえな。少し惜しいが参考書の方が百倍タメになる」


「そんなことありませんよ。クリスさんの説明はとてもわかりやすかったです」


「いいよそういうのは。……まあ、悪くない体験だった。考え事があると酒がなくても眠れるんだ。余計なトラウマ思い出さないで済むからな」


「なるほど。私はクリスさんの健康を支えていたんですね」


「結果的にはそうなるな」


 僅かにアルテナの口角が上がっている。

 喜んでいるのか? 何に対してなのかはわからないが。


「冒険者パーティーとして非常にいい関係だと思いませんか?」


「なにがだ」


「私の勉強をクリスさんが見て、クリスさんはそれによって睡眠時間を確保できる。互いに与えあうことで支え合う、パーティーとして理想的な関係です」


「まだパーティーは組んでねえし、お前が意図して俺に与えてるわけじゃねえだろ」


「それでも、です」


「……まあ、好きに認識しろよ」


 実害があるわけではない。

 嬉しそうなら水を差すことはないだろう。

 それにしても、アルテナは俺とパーティーとして理想の関係になることを望んでいるのか。

 『聖剣士』の協力者が欲しいとは聞いている。俺は単純に利用したいのだろうと考えていたが。


「なあ、お前は――――」


 気になる点を口にしようとした時、コンコンと外から扉をノックされる。


「護衛の方でしょうか」


「あ、ああ……たぶんそうだろう」


「何か言いかけていたようですけど」


「いや、いい。大したことじゃない」


 バカか俺は。

 『お前は俺と信頼関係を築きたいのか』なんて、そんな確信的なこと聞けるわけないだろ。

 いたたまれなくなった俺は率先して扉へ向かう。


「いま開ける」


 一声かけてからドアノブに手をかけて引き、扉のすぐ目の前に立っている人物の姿を確認する。

 一見すると俺と同じかそれ以下の歳の女だ。

 白いシャツと黒いパンツ。靴は機動性重視で硬くはなさそうだ。腰に護身用の刃物を下げている以外は普段着に近いラフな格好をしている。

 丁寧に手入れされた白銀の長髪と猫のような青い双眸。整った輪郭は近寄りがたい雰囲気を纏う。


 どこか見覚えのあるその容姿を目にした俺は、頬から冷や汗を流す。

 対する女はこちらに気づく様子はなく、いたって業務的な佇まいで口を開く。


「護衛任務で派遣された“オリアナ”だ。今日はよろ……しく……」


 “オリアナ”とか名乗りやがった女がこちらの顔をまともに確認したと同時に、俺は扉をそっと閉めた。

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