第14話 疑念

 ギルドを出てそのまま冒険者宿に向かう。

 宿に入って受付の人に事情を説明すると、確かにアルテナという女性が二人分の部屋を取ったと返答をもらった。

 部屋の鍵を受け取り、指定された部屋番号まで足を運ぶ。


「…………」


 扉の前で立ち止まる。

 王都の冒険者宿はマイホームと言えるほど熟知している。

 だからどの階層のどの部屋がどのような内装なのか全て把握している。

 見たところ二年前と変わった気配がないことから俺の記憶は正しいはずだ。正しいとすると……アルテナとしっかり話をする必要がある。


 鍵をさして扉を開ける。

 二つあるシングルベッドの奥に腰かけていたアルテナがこちらに気づく。


「あ、クリスさん。お話は終わりましたか?」


「……てめえ、なんでとってんだ」


 悪びれる様子もなくコクリと首を傾げるアルテナ。


「クリスさんと同等の扱いを受けるという話だったので、認識齟齬が起こらないように部屋をまとめた方がいいかと」


「そんな心配しなくたっていいっつの。たく、それなりの理由があるとなると怒るに怒れねえな」


「クリスさんは私と相部屋は嫌でしたか?」


「そういうことを言ってんじゃねえよ。お前だってそこまで子どもじゃねえだろ。少しはその辺警戒しておけってことだ」


「その辺とは?」


「ちっ、天然かよ。もういい。お前がいいなら俺は構わん」


 忘れていた。

 この女には人の常識が通用しないのだった。

 とりあえず部屋に入り、手前のベッドに腰掛ける。


「筆記試験、どうしましょうか……」


「あーそれについてだがな。俺が見てやる」


「え? でもこの前先生にはならないと言っていましたよね?」


「気が変わった。いや、無理やり変えられた。俺の不幸に感謝しろよ。おかげでこっちはお前が昇級しなけりゃ半殺し確定だ」


「どういうことですか?」


 怪訝そうに眉を寄せるアルテナだが、俺は沈黙で返した。

 どういうことだ、なんてこっちだって聞きたい。

 グランの爺さんの傍若無人振りは二年前と変わらず、割を食うのはいつも俺なのだ。


「さあな。……ところでお前、金はあるよな?」


「ありますけど、どうするんですか?」


「決まってんだろ。教材だよ教材。『冒険者ライフ』っていう冒険者用の専門書がある。初級編から上級編まで網羅すれば筆記試験は完璧だろうよ」


「なるほど、そんなものが。ちなみにその専門書はどれほどの分厚さなんですか」


「そうだなあ。四冊で――」


「四冊?」


「なんだよ。初級、低級、中級、上級で四冊だろうが」


「……ああ」


 アルテナは急にどこか遠い場所を見つめ始める。

 薄々感づいてはいたが、どうやらコイツは勉強が苦手らしい。

 こんな奴が後ろ暗い秘密を隠しているなんて思えないが、事実として疑わしい要素が多々ある。

 もしかしたらキャラを演じている可能性もあるだろうし、あまり油断はできそうにない。


 直接訊くことはしない。

 どうせはぐらかされるだけだ。

 グランの爺さんが言ったように、よく観察して本心を暴き出さなければいけない。


「俺が見てやるんだ。徹底的にやるぞ。その戦闘力に見合うだけの知識をお前の頭に叩き込む」


「不覚です。まさかクリスさんが見た目によらず勉強熱心だったなんて」


「うるせえ。俺だって昔は真面目に冒険者やってたんだよ」


 いちいち一言多いやつだ。

 素直に感謝しておけばいいものを……。


「見かけによらないのはお前も同じだろう。もっと賢いと思ってたんだがな」


「そうですか? そんなことを言われたのは初めてです。どちらかと言えばとして扱われていたので」


「劣等? ……いや、そこまで酷くはないだろ。まあ常識に欠ける部分はあるけどよ」


「む、私は常識人ですよ。それだけは自信があります」


 どうやらヘソを曲げたらしいアルテナがこちらを睨んでくる。

 あの戦闘力を差し置いて心許ない常識人要素に自信を持つとは。自分の価値は自分ではなかなか気づけないということか。


「だったら知識も身につけろ。冒険者としてやっていくなら常識だ」


「……わかりました」


 ふてくされながらも頷くアルテナ。

 反発してはいるがやる気がないわけではないらしい。

 学ばざるを得ない立場としては辛うじて及第点だろう。


「よし、なら善は急げだ。冒険者宿を出て向かって右へ出た先の大通りを進んだ場所にデカい書店があるはずだ。あそこなら何でも売ってる」


「すみません。王都は道が複雑でよくわからないので一緒についてきてくれませんか?」


「あ? まあ別に構わないが俺は外出許可が必要だしな……。何日後になるかわからんぞ」


「構いません」


「……お前、もしかして勉強するのが嫌なだけじゃないだろうな?」


「そ、そんなことはありません。誓って言えます」


「だといいが」


 本当かどうか疑わしいところだ。

 アルテナの勉強嫌いが発覚したところにこれだ。

 とはいえ王都の造りが軽い迷宮なのは俺も認めるところなので今回は見逃してやる。


「わかった。なら外出申請をしてくるからお前はタンスに入ってる紙とペンを取り出しとけ。外出許可が出るまでは俺が口頭で教えてやる」


「今からやるんですか? 教材を手に入れてからでも……」


「一週間程度しか時間はないんだろ? さっさと始めないと間に合わん」


「そんな」


 アルテナは決闘の時にすら見せなかった絶望の表情をする。

 やはり勉強をしたくなかっただけのようだ。


「まずは薬草の種類と特徴だ」


「結局そこからですか」


「あたりまえだ。こんな初歩中の初歩を知らずに冒険者やってたら子どもに鼻で笑われるぞ」


「……はい。わまりました。勉強します」


「よろしい」

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