第13話 剣神の寵児

「オマエもレインの武勇伝は聞いたことがあるだろう」


「まあ、何度かは」


 『剣神の寵児』レイン・マグヌスの武勇伝もとい英雄譚。

 最上級冒険者パーティーがレイドを組んでも及ばなかった恐ろしい魔物を単独で討伐。

 王国に対して良くない思想を持った反抗組織を一夜にして壊滅。

 王女の不治の病を治すために海を渡って巨大な龍を討伐し、秘宝の霊薬を持ち帰った。


 俺が知るだけでもこれだけある。

 どれも単なる噂で俺は本当のところは知らない。

 流石に脚色されている内容も多いだろうし、なにより俺はレインの話を聞きたくなかったので詳細を知る前に逃げていた。


「言っとくと公に出ている噂の九割は事実だ」


「き、九割も!?」


 予想外の数字に声が裏返る。


「流石に表に出せないってことで伏せられている内容も含めるとあいつの武勇伝は百を超える。……こう言うのは悪いがぶっちゃけバケモノだぜ、あいつは。『剣神の寵児』なんてもんじゃねえ。もはや『剣の神』だ。すでに人の領域を逸脱している」


 唖然として脱力する。

 開いた口が塞がらないとはこのことだ。

 俺との決闘は単なる通過点に過ぎなかったということか。

 どうやら俺は本格的に小物のかませ犬に成り下がってしまったらしい。悔しさよりも空しさが胸を満たした。


「しかし、だ。クリス、オマエはおかしいと思わなかったか?」


「な、なにが」


「レインの武勇伝だ。世界中に轟くレインの噂の数々には奴の名前しか出てこない」


「っ」


 そうだ。

 レインの英雄譚にはアイツの名前しか上がらない。

 魔物を討伐した時も、反抗組織を壊滅させた時も、秘宝を持ち帰った時も、常にレイン単独として語られていた。それが意味するところは――


「単純だ。あいつ一人が強すぎちまって、パーティーとして動くことに意味がなくなっちまってんだ。むしろパーティーの面子があいつにとって足枷になっている。あいつにとっちゃティオナもシオンもオリアナも『肩を並べる戦友』ではなく『守るべき弱者』なんだよ」


「……最上級冒険者三人がかよ」


「それがレイン・マグヌスだ」


 至極まじめな顔でグランの爺さんは言い切った。

 二年間レインを避けて生きてきた俺とは違う。グランの爺さんはレインを間近で見てきたのだ。その言葉には言い様のない重みが宿っていた。


「パーティーは解散しちゃいない。レインも思い入れがあるんだろう。一応どこへ行くにもパーティーリーダーとして活動している。

 だが実際はほとんど解散状態と言っていい。ティオナの奴は健気にレインの近くで頑張っているが……シオンとオリアナは完全に別行動だ。あいつらが四人でいるところなんて滅多に見ない。特に問題なのはレインとオリアナだ。あの二人の仲が最悪でな、顔を合わせる度にオリアナがレインに噛みつくもんで困ってる」


「あの温厚なオリアナが……まさか」


「二年だぜ、クリス。オマエも変わった。誰だって変わる」


 そうだ。

 俺は変わった。転落して堕落した。

 俺以外は大丈夫だと、何の根拠もなく信じていた。

 王都は変わっていなかった。冒険者ギルドもいつも通りだ。グランの爺さんだって、昔と同じだ。

 俺がいなくたって世界は回る。俺の席なんていくらでも代わりはきく。そう思って、気に病んで、酒に浸っていたのに。


「今になって痛感するぜ。オマエのリーダーとしての素質は随一だ。あの厄介な曲者どもが団体として纏まっていたのはオマエがいたからだ。二年前、王都を去ろうとするオマエを探して捕まえておけば、あるいは違った未来が見れたかもしれねえな」


「……褒めたってなにも出ねえし、もしもの話なんてすんな。くだらない」


「はっ、違いない。オレも老いたな。つい昔を懐かしんで感傷に浸っちまう」


 静かに微笑むグランの爺さん。

 初めて見る表情に、グランの爺さんも多少は変わったのだと気づかされる。

 変わらない人間なんていないのだ。


「さて、こっちも話すべきことは話した。オレはそろそろ仕事をするぞ。レインがギルドマスターの仕事をほっぽり出してるからな」


「ああ、そう言えばあと一ついいか」


「なんだ?」


「アンタが生きてるってことは、殺された『聖剣士』っていうのは“カイル”か?」


 カイルは俺の後輩にあたる冒険者だ。

 『聖剣士』の職業に目覚めて間もなく、俺が不在の二年間も含めて約三年だ。

 確かにカイルの冒険者パーティーは上級の中では中堅程度。『聖剣士狩り』が最上級のトップレベルの実力があるとすれば、可能性はそれなりにあるだろう。


「ああ、そうだが……オマエそれをどこで知った? まだ公に発表しちゃいない内容だぞ」


 ギクリとする。

 そういえばそうだった。

 ここでアルテナの名前を出すのは簡単だが、今そうしてしまうのはマズい気がする。


「俺は……人づてに聞いたんだ。半信半疑だったが事実なのか?」


「事実だ。ちっ、どっかのバカが情報を漏洩しやがったな。混乱を招くから絶対秘匿事項と言ったのによ」


 苛立たしげに頭を掻いて椅子から立ち上がるグランの爺さん。


「まあいい。オマエも他人事じゃねえからな。知る権利くらいはあるだろう」


 そう言ってグランの爺さんは応対室の扉に向かう。

 俺も後ろをついて歩く。

 応対室を出るとグランの爺さんは俺の方を向いた。


「クリス。なにはともあれ今日はオマエの顔を見れてよかった。招集は一ヶ月後だ。しばらく美味いもん食って、次会う時までにその不健康な顔をどうにかしておけよ」


「言われなくてもそのつもりだ。酒も飲む」


「酒は控えろ。その歳で中毒は流石に将来堪えるぜ」


 頷くことはない。

 飲むなと言われても約束なんてできないからな。

 「じゃあな」と告げて立ち去るグランの爺さんを見送ってから、俺もエントランスに向けて歩き始める。

 少し考えされられた。天下無敵の英雄の知られざる欠点を知った。無意味だと思っていた俺にも確かな役割があったことを知った。


 なんとなしに立ち止まり、自分の右手を見つめる。


『私と冒険者パーティーを結成してくれませんか?』


 俺は知る必要があるのかもしれない。

 アルテナという人間の本心を。

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