第8話 幸と不幸
「あ、あの……これは?」
受付嬢が蒼白な顔で引き攣った笑みを浮かべて問うてきた。
カイエの冒険者ギルド西口支部。南口支部は職員の対応が悪いので二度と足を運ばない。
アルテナの薬草採集の依頼失敗を伝えるために戻ってきたのだが、あまり受け入れムードではなかった。
まあ無理もない。
薬草採集に出掛けたはずの初級冒険者と付き添いのオッサンが
ついでに全身血まみれのオプション付きだ。俺だったら関わりたくない。
ドン引きする周りの冒険者を無視して、アルテナは平然とした態度で口を開く。
「薬草採集を失敗してしまったので、代わりに魔物を討伐しました」
「えっと、代わりにならないんですが……あなたは初級ですよね?」
「はい。このあいだ冒険者登録しました」
「どなたがオーガウルフを討伐したのでしょうか?」
「私です」
「冒険者パーティーが助けてくれたとか」
「……私です」
頑なに自分と言い張るアルテナだが、実際はコイツではなく俺だ。
あの時、オーガウルフが襲いかかってきた瞬間。俺は無意識に反応して拳に溜め込んだ力をオーガウルフの胴体に打ち込んでしまった。
ある程度成長した中級パーティーであれば討伐できるレベルの魔物なんて最上級で戦っていた俺からすれば敵にすらならない。オーガウルフは一撃で胴体が弾けて頭部だけが残った。
アルテナからすると格好の獲物を横取られて最悪の気分だろう。
だから俺はアルテナの主張を否定することなく、黙して事態の収拾を待つ。
「――僕は見ました! 隣の彼です!」
聞き覚えのある喧しい声が背後から聞こえ、俺とアルテナは振り返る。
そこにはオーガウルフから逃げていた中級冒険者の男がいた。その後ろには5人の男女がいる。おそらくパーティーメンバーだろう。
「彼は右手に白い光を纏わせて、オーガウルフを殴りつけたんです!」
余計なことを……。
アルテナを見れば明らかに不機嫌な顔をしていた。
「……白い光?」
受付嬢が眉を潜めて呟いた。
これは、まさか。
「あなたのお名前は確か……クリス・アルバートさん、でしたよね?」
周囲がざわつく。
冒険者たちの視線が痛いほどに俺に注がれる。
「本部にかけ合います。少々お待ちください」
「待て。なんで本部にかけ合う」
「初級冒険者がオーガウルフを討伐した可能性があること、それによって特例昇級試験を行う余地があるのか判断を仰ぎます」
「特例昇級試験? 聞いたことないぞ」
「特例ですので。お二人は冒険者宿で汚れを落としてくださると助かります」
足下を見ると、床には血が滴っていた。オーガウルフの頭部を置いている場所なんて血溜まりだ。
「……まあ、それなら」
あまりに汚らしいので、俺たちは素直に従った。
冒険者宿で体に染み付いた血を洗い流した後、改めて西口支部に向かうとオーガウルフの頭部も血溜まりもなくなっていた。
床が湿っていることから職員が急いで掃除したことがうかがえる。ほんの小一時間のあいだによくやったものだ。
受付口まで行くと先ほどと同じ受付嬢が静かに頭を下げてこちらを歓迎してくる。
「お待ちしておりました、クリス・アルバート様。そしてアルテナ・アクアマリン様」
「なんだ妙に畏まるじゃないか。こっちはライセンスも見せてないぞ」
「ライセンス照合に関しましては南口支部との業務提携によって情報を共有しているためこちらでは必要ありません」
「知ってるわ。皮肉だ皮肉」
本人だとわかった途端に態度を変えやがって、そういうところが気にくわない。
さっきの慌てた姿が嘘のように落ち着き払った様子の受付嬢は、俺の言葉を聞き流すと勝手に話を進める。
「アルテナ様に関しまして、上の判断を仰いだところ特例昇級試験の資格有りと返答がありました。ですので、アルテナ様にはこれから王都に向かってもらうことになりますが、なにか不都合なことはありますか?」
「王都ですか? ……特には。しかしどうして? 私はなにもしていませんが」
「上の判断ですので。私からお答えすることはできません」
チラリとこちらを見る受付嬢。
なにやら意味あり気な雰囲気だが、こちらとしては好都合なのであまり突っ込まない。
「まあ、行ってこいよ。ラッキーだな」
「あなたは来ないのですか?」
「行くかあんな場所」
俺のトラウマが山ほど根付いてる場所だ。
一生遊んで暮らせる金額を積まれたって行くもんか。
「クリス様に関しましても同様に王都へ赴いてもらいます」
「は? なんで?」
不意の一言に驚いて受付嬢を見る。
受付嬢はいたって真面目な顔で視線だけをフロア全体へ向け、そしてこちらを見る。
「声を大にして口にすることは憚られる内容ですが……。現在『聖剣士狩り』なる個人あるいは団体が動いているらしく、生存確認も含めて急遽各地の『聖剣士』を王都に招集している状況とのことです。クリス様も例外はなく、出席の義務があると連絡がきました」
「それは……」
無意識にアルテナを見てしまう。
あの夜の会話、まさか事実だったとは。
ということは本当に王都の『聖剣士』が殺されたってことか。
王都の『聖剣士』は二人。どちらも顔見知りだった。どっちがやられていたとしても、他人事とは言えない。
「向かってもらえますね?」
「拒否権は?」
「ありません。貴方が拒んだ時に付け加えろと言伝を受け取っています。冒険者ギルド『マスター』レイン・マグヌスの命によりクリス・アルバートはただちに王都に赴くこと、とのことです」
「なんだって!」
思わず声を上げて聞き返した。
こんな場所でアイツの名を聞くことになるとは思わなかった。
冒険者ギルドマスターなんて肩書まで手にしているとは。どこまで出世すれば気が済むんだあの男は。
「向かいましょう」
他人事のようにアルテナが言う。
「……クソッ」
俺は悪態を吐き捨てる。
『聖剣士狩り』なんていうわけのわからない存在のせいで余計な事態になってしまった。
拒否権がないことはわかった。このまま逃げたってどうせどこかで捕縛されるだけだろう。
アルテナと出会ってから俺は望まぬ方向に向かっている気がする。
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