第7話 初仕事
決闘から翌日。
アルテナ持ちで冒険者宿を利用することになり、無料という言葉に弱い俺は喜んで一人部屋を使わせてもらった。
久々のまともな寝台に興奮して飛び込んだものだが、直後に酒がないと眠れないことを思い出し、俺は一晩苦しむことになった。
そして現在。
「――で、俺たちは今なにをしてるんだ?」
王都とカイエを繋ぐ森林地帯。
その人道から逸れた人気のない場所で腰を据えて草をかき分けているアルテナは、俺の問いを聞いて顔だけこちらに振り向く。
「見てわかりませんか。薬草採集です」
「そんなのわかってる。なんで薬草採集なんかやってんだって聞いてんだよ」
「私が初級冒険者だからです」
「……お前なぁ」
平然として答えるアルテナに怒りが沸き上がる。
「あれだけ冒険者パーティーをつくろうって言っておいて、テメエが初級冒険者じゃ話にならねえじゃねえかよ! アホなのかお前は!」
冒険者にはいくつかの階級がある。
冒険者登録してから最低数週から最高三カ月の期間必ず経験しなければならない『初級』。それから『低級』へ昇級し、経験と実績を経て『中級』、『上級』、『最上級』と階段式に上がっていく。
『初級』とは他の仕事でいうところの試用期間に近い。
本当に冒険者として生計を立てるだけの能力と根気があるのかをテストされる。
そのため冒険者ライセンスは取得できるものの冒険者が利用可能なサービスにはある程度の制限をかけられる。その一つが『パーティー所属制限』だ。
初心者のうちからパーティーに所属しては冒険者としての成長が見込めないということで初級冒険者は同じ階級の冒険者以外とはパーティーを組んではいけない規則になっている。
とはいえギルドも鬼ではない。
冒険者と聞いて連想される魔物の討伐や秘境の探索は『初級』には回されず、初歩も初歩、比較的安全とされる地帯で薬草採集や雑務を任される。それだけでも移動距離の長さや思いのほか勉強しなければいけないことが多いなどの理由で半数の人はリタイアする。
「見つけました。これが毒薬草の原料、ジヒイロカですか」
「違う。それはアマミレンカ、雑草だ」
仕方がないのでアルテナのそばに寄り、彼女が手にしている花をふんだくる。
「ジヒイロカとアマミレンカは色と形が似ているからよく間違えられる。見分ける方法は茎だ。よく見てみろ。これには細かい毛が生えてるだろ? ジヒイロカには毛がない」
「なるほど。……やはりあなたは冒険者ですね。流石です」
「黙ってさっさと採集しろ」
アルテナは冒険者として必要な基礎知識がゼロに近い。
冒険者登録したのもつい数日前のことだというのだから呆れてものも言えない。
こんな状態で『一月で金貨5000枚稼げる』なんてよく言えたものだ。
「この調子じゃ数カ月コース確定だな。言っとくが俺はお前の先生にはならないぞ。早く『低級』に上がりたいなら自分で勉強しろ」
「困りました。なにか手はありませんか」
「ない」
「いいえ、おそらくあります」
「……なにを根拠に」
俺だって初期メンバーのレインとティオナと三人で地道に努力して『低級』に上がったんだ。
当時はまだ若く、職業にも目覚めていなかった。
職業は『神の恩恵』とも呼ばれ、目覚めるタイミングには個人差がある。大抵は10~30歳の間に目覚めるものだが、人によっては老齢を迎えてから目覚めることもある。
冒険者として現役で職業を手にできた俺たちは運がよかったのだろうが、『初級』の頃は地の能力で頑張っていたのだ。
そんな俺からするとアルテナの発言は『甘えるな』の一言だった。
「『初級』は冒険者としての能力と根気があるのかを試される。つまり手っ取り早くそれを証明する手段があればあるいは『飛び級』が可能なのではないでしょうか」
「証明って……どうやって?」
「魔物を討伐しましょう」
両手に握りしめた雑草を投げ捨てて腰を上げるアルテナ。
この周辺にジヒイロカはないのだが、俺はあえてそれを教えていない。
「知識はないですが、私には冒険者として十分にやっていける戦闘能力があります。そこそこ強力な魔物を倒してギルドに持っていきましょう」
「……確かに、それは盲点だったが。お前はまず知識を身につけなきゃやっていけんぞ」
「それはあなたがいるので問題なしです」
「いやこういうことは他人に頼っていちゃもしもの時に」
「問題ありません。私達は一心同体です。あなたは私の頭脳です」
「けっきょく面度くせえだけじゃねえかよ、お前」
なにも言い返してこないアルテナに、俺はため息をついた。
「根気は0点だな」
「……手をこまねいている時間はありません。ショートカットできるところはショートカットしましょう」
「ハイハイ」
俺自身、冒険者ギルドのシステムを全て理解しているわけではない。
アルテナのように冒険者になる前からある程度の力を持っている人間が例外的に昇級できる制度があってもおかしくはないだろう。
「じゃあ魔物を探すか。この辺は穏やかだからな、もっと人道を外れないと――」
「うわあああ!」
言いかけた時、横の茂みから男が転がり出てきた。
アルテナも目を見開き、驚いて二人でそちらに顔を向ける。
冒険者だ。軽装の鎧が見るも無残に壊れ、顔や腕に鋭い刃で裂かれたような創傷がある。
「なんだ、おい。どうした」
「き、き、気をつけろ! この先の中腹部にオーガウルフがいたんだ! 俺たち中級パーティーじゃ歯が立たなかった! みんな散り散りに逃げて、それで――」
相当に混乱しているのか、早口でまくしたてる男。
しかしオーガウルフとは。オーガウルフは単独で行動する巨大な狼型の魔物だ。この森林エリアでは1、2を争う食物連鎖の頂点として知られている。
王都で市販されている汎用甲冑を身につけているあたり中級に昇級して間もないだろう。そんなパーティーが対峙するのは運が悪い。
いまだにわけのわからないことを言い続ける男を無視して、俺とアルテナは降って湧いた好都合な展開に顔を見合わせる。
「さっそく狩りましょう」
「か、狩る? あんたら上級冒険者なのか!?」
「いいえ、私は初級冒険者です」
「…………は? なら狩れるわけないだろ! 頭大丈夫かよ!」
「安心しろ、俺は最上級冒険者だ」
「そんなわけないだろオッサン! こんな時にクソみたな冗談やめろよ!」
「テメエ俺に殺されてえか!」
「落ち着いてください。あなたは最上級冒険者に見えないので」
「よし。お前ら二人、ここで殺す」
武器を持っていないので拳に聖なる力を込める。
剣ほどの能力補正はないがこれでも岩を粉砕する程度の力はある。
まずはこの中級クソボケ冒険者だ。冒険者として大先輩である俺に向かって暴言を飛ばすような恐れ知らずは教育する必要がある。
「あ、あ、ああ……!」
俺の右手に宿る白光を見た途端、恐れを成したのか急に怯えた様子で後ずさる男。
一目で俺が『聖剣士』と悟ったか。それなりの知識はあるようだ。
だが許さない。
死なない程度にぶっ飛ばしてやろうとした時、突然俺の視界が暗くなる。
「ん?」
まるで巨大な岩が背後に移動してきたように、俺の周囲が日陰になった。
疑問に思い、背後を見る。
『グルルルル……』
目を血走らせてこちらを見下ろすオーガウルフがいた。
怒りと空腹で今にも暴れ出しそうな空気だ。……いや、もう我慢の限界か。
『グルルアアアアアッ!』
「――――」
魔物が嫌う『聖剣士』の聖なる力を意にも介さず、俺を頭部から噛み千切ろうと襲い掛かってくる。
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