第6話 決着
衝突する白と黒の激流。
視界全てが自ら生みだした白景色に覆われる。
震える両腕が相手の生存を俺に教える。
気を抜けば瞬く間に吹き飛ばされてしまいそうな衝撃の中で、俺は力ずくに一歩踏み出す。
五分に近い力関係では強気に出た方が勝つのだ。
しかし拮抗する手応えは長く続くことはなかった。
不意に、手元の感触が軽くなる。
押し勝った。一瞬そう思ったがそうではない。
眼前に広がる白景色に亀裂が入る。視界いっぱいに花が咲き誇るように、黒光が俺の聖なる力を呑み込んでいく。
「――――」
俺はその光景を唖然と見つめることしかできなかった。激情も引き、その奇跡的な現象に魅入られてしまう。
そんな感動もつかの間、俺は壮絶な衝撃に襲われる。まるで全身を鋼の拳で殴られたかのような痛みが駆け巡り、押し寄せてくる神々しいまでの闇につつまれる。
俺は、また負けた。
地面に仰向けになって転がり、青い空を眺める。
レインの時とは違って意識を失うことはなかった。しかしこの痛みだ。むしろ気絶していた方が楽だったかもしれない。
「生きていますか?」
「……まあな」
足下から変わらぬ抑揚でアルテナが声をかけてきた。
視線だけをそちらに向けると、剣を握った五体満足の彼女が立っていた。
未だに力みっぱなしの自分の右手を見る。バスタードソードの剣身は綺麗に両断されていた。
「チッ……剣が折れて決着とは、我ながらくだらない負け様だな」
「折れていなければ勝敗はわかりませんでした。二年のブランクがあるとは思えません」
「いいよそんなの。ますます惨めになるだろ」
負けは負けだ。それ以外はどうでもいい。
なんとしても勝たなきゃならない局面はきまって勝てない。
俺には負け犬の遺伝子でもあるんじゃなかろうか。
「二年前の決闘であなたが敗北した理由が少しだけわかりました。あなたは激昂すると周囲の状況が見えなくなる。自分の感情や思考を最優先してしまうがゆえに行動が単純化して読まれやすい。これは大きな弱点です」
「うるせえ。わかってんだよそんなのは。説教すんな」
「これは今後のためです。私達は冒険者パーティーの仲間になるので、仲間の欠点を指摘するのは重要な仕事です。
私が思うに、あなた自身の技術力や戦略性は決して低くはない。『絶対に負けられない』という強い想いが焦りを生んでしまい、その焦りが怒りに変わってしまうのではないでしょうか」
押し黙る。
それは昔から仲間に言われていたことだ。
俺は拮抗した状況が続くと焦って我を忘れてしまう。だから基本戦術は火力特化の俺を中心とした構成が主流だった。俺が仲間に合わせることが難しいからだ。
どうにかして克服しようとしてはいた。多少の改善もできた。だが完全に克服する前に、
レインとの決闘は俺にとって人生の全てを決定するイベントだった。だからこそ観客が不安になるほどの圧倒的な実力差を見せつけられた俺は、自分の感情を抑えることができなかったのだ。
それからは改善なんてするはずもなく、むしろ悪化した。全てを失って自暴自棄になってしまった。
「……いまさら直せるかよ。俺はこんな人間だ。だからこんな場所にいる。それだけだろ」
「直せなんて言っていません」
「はぁ?」
「ただ『前向きに生きましょう』というだけです」
「前向き?」
眉を潜めて聞き返すと、アルテナはコクリと頷く。
「その愚直なまでの率直性は使い様によっては強力な武器になる。使命感ではなく本心に従うべきです。自分が何のために戦っているのか、あなたは知る必要がある」
「意味がわからん」
「意味は後から考えればいい。今はとにかく行動する時期です」
そっぽを向いて鼻を鳴らす。
年下のくせに人生の先輩面しやがって。
負けた手前大きな抵抗はできないが、これくらいの反抗はする。
「一つ聞かせろ。お前の職業はなんだ。黒い光なんて見たことがない」
「…………」
「どうして黙る」
「……いえ、なんでもありません。私の職業は『魔剣士』です」
「『魔剣士』?」
聞いたことがない職業だ。
この世界には大きく別けて二つの職業が存在する。汎用職と特別職だ。
汎用職は『剣士』や『回復術師』などの所謂ありふれた職業を指す。特別職は『聖剣士』などの特異な力を宿した職業だ。
汎用職では珍しくても数百から数千人に一人の割合で発現するが、特別職は数十万から数百万人に一人しか目覚めることのない貴重な才能だ。俺の『聖剣士』なんて世界でも一桁しか確認されていないと聞く。
俺も長いこと冒険者をやっているから特に戦闘系の職業には詳しいつもりだが、それでも聞き覚えがないというのはどういうことだ。
「お前はその職業についてどこまで認知している」
「ある程度は。私の職業は『
「『消因職業』だと?」
それは知識として知っている。
『消因職業』とは過去に何かしらの原因によって失われてしまった職業だ。
代表的なのは『勇者』や『魔王』といった
「どうしてお前が『消因職業』を持っている」
「さあ。強いて答えるのなら
とあるきっかけで消失した職業が復活するという事例は聞かない。
可能性としてはアルテナの言うように消失した因子がまた生まれたということなのだろうか。
「立てますか?」
「まあ、立てなくもないが。お前はパーティーを結成してどうしたいんだ。金が欲しいのか?」
「金はそれほど。ただ目的があります。そのために『聖剣士』の協力者が欲しかった」
「『聖剣士』の協力者、ね……」
どうしてこの女が『聖剣士』に拘るのかわからない。
詳細を話したがらない様子だからそれ以上は突っ込まないでおく。
アルテナは間違いなく訳アリだ。昨夜に公表されていないはずの『聖剣士』殺害の件を語ったのも無関係ではないだろう。
協力なんてしたくない。
冒険者として復帰したくない。
しかしこの女からは逃げられる気がしなかった。
どうせ地の底まで落ちた人間だ。どうなろうが死ぬ以外の不条理なんてありはしない。
二年ぶりの敗北と戦闘後の妙な虚脱感のせいか、今は物事を受け入れることにそこまでの抵抗はなかった。
まだ全身が痛むが動けないほどではない。
俺はよろめきつつ立ち上がってアルテナを見る。
「……さて、パーティーの初仕事はどうする? 俺とお前がいれば結構やれるぞ」
「そうですね。まずは――――」
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